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平成28年(行ケ)第10147号審決取消訴訟事件

判例航海日誌

 

平成29年8月3日

 

技術部 座間 克也

 

平成28年(行ケ)第10147号審決取消請求事件

 

1.事件の概要

(1)特許庁における手続きの経緯

平成23年4月20日 出願 (発明の名称「トマト含有飲料及びその製造方法、並びに、トマト含有飲料の酸味抑制方法」)

 

平成25年2月1日  設定登録(特許第5189667号)

 

平成27年1月9日  無効審判請求(無効2015-80008号)

 

平成28年1月5日  訂正請求

 

同年5月19日    本件訂正を認める、審判請求は成り立たない旨の審決

 

(2)訂正後の本件特許発明

 

【請求項1】

 糖度が9.4~10.0であり、糖酸比が19.0~30.0であり、グルタミン酸及びアスパラギン酸の含有量の合計が、0.36~0.42重量%であることを特徴とする、トマト含有飲料。

 

(中略)

 

【請求項8】

 少なくともトマトペースト(A)と透明トマト汁(B)を配合することにより、糖度が9.4~10.0及び糖酸比が19.0~30.0となるように、並びに、グルタミン酸及びアスパラギン酸の含有量の合計が0.36~0.42重量%となるように、前記糖度及び前記糖酸比並びに前記グルタミン酸及びアスパラギン酸の含有量を調整することを特徴とする、

トマト含有飲料の製造方法。

 

(中略)

 

【請求項11】

 少なくともトマトペースト(A)と透明トマト汁(B)を配合することにより、糖度が9.4~10.0及び糖酸比が19.0~30.0となるように、並びに、グルタミン酸及びアスパラギン酸の含有量の合計が0.36~0.42重量%となるように、前記糖度及び糖酸比並びに前記グルタミン酸及びアスパラギン酸の含有量を調整することを特徴とする、

トマト含有飲料の酸味抑制方法。

 

(3)審決の概要

 発明の詳細な説明には,「糖度が9.4~10.0であり,糖酸比が19.0 ~30.0であり,グルタミン酸及びアスパラギン酸の含有量の合計が,0.36~0.42重量%である」本件発明1~7,及び「糖度が9.4~10.0及び糖酸
比が19.0~30.0となるように,並びに,グルタミン酸及びアスパラギン酸の含有量の合計が0.36~0.42重量%となるように,前記糖度及び前記糖酸比並びに前記グルタミン酸及びアスパラギン酸の含有量を調整する」本件発明8~11の物性値の組合せについて,官能評価が良好とされた実験データが,実施例1~3について示されている。 そして,糖度の酸度に対する比率である糖酸比について,糖度が甘みに寄与し,酸度が酸味に寄与することから,糖酸比を高くすれば相対的に酸味に対して甘みが強くなる方向に飲料の味が変化するという概略の傾向は理解でき,糖度を「9.4~10.0」の範囲に,及びグルタミン酸等含有量を「0.36~0.42重量%」の範囲にしたもので,糖酸比を「19.0~30.0」としても,本件発明の課題である「主原料となるトマト以外の野菜汁や果汁を配合しなくても,濃厚な味わいでフルーツトマトのような甘みがあり且つトマトの酸味が抑制された,新規なトマト含有飲料」を提供できることは,当業者なら想定し得るものといえる。 
 また,請求人(原告)が主張するように,トマト含有飲料の「濃厚な味わい」には,糖度及び糖酸比以外に,温度や粘度等の多岐にわたる条件が寄与するとしても,糖度及び糖酸比がトマト含有飲料の味わいに大きく影響することは明らかであり,温度や粘度等の多岐にわたる条件の全てを個別に特定しなければ本件発明の課題を解決できないというものでもないので,温度や粘度等の多岐にわたる条件を,発明特定事項としなければならない理由はない。 
以上のとおりであるから,本件発明で特定される「糖度が9.4~10.0」,「糖酸比が19.0~30.0」及び「グルタミン酸等含有量が,0.36~0.42重量%」は,実施例1~3により裏付けられたものであり,発明の詳細な説明において,本件発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えたものということはできない

 

(4)取り消し事由

 サポート要件適合性判断の誤り

(他の取り消し事由については省略)

 

2.裁判所の判断

 本件発明は、特性値を表わす三つの技術的な変数により示される範囲をもって特定した物を構成要件とするものであり、いわゆるパラメータ発明に関するものであるところ、このような発明において、特許請求の範囲の記載が、明細書のサポート要件に適合するためには、発明の詳細な説明は、その変数が示す範囲と得られる効果(性能)との関係の技術的な意味が、特許出願時において、具体例の開示がなくとも当業者に理解できる程度に記載するか、又は特許出願時の技術常識を参酌して、当該変数が示す範囲内であれば、所望の効果(性能)が得られると当業者において認識できる程度に具体例を開示して記載することを要するものと解するのが相当である(知財高裁平成17年11月11日判決、平成17年(行ケ)第10042号、判例時報1991号48頁参照)。

 

(中略)

 

(イ)一般に、食品の風味には、甘味、酸味以外に、塩味、苦味、うま味、辛味、渋味、こく、香り等、様々な要素が関与し、粘性(粘度)などの物理的な感覚も風味に影響を及ぼすといえるから、飲食品の風味は、飲食品中における上記要素に影響を及ぼす様々な成分及び飲食品の物性によって左右されることが本件出願日当時の技術常識であるといえる。

 また、トマト含有飲料中には、様々な成分が含有されていることも本件出願日当時の技術常識であるといえるから、本件明細書の発明の詳細な説明に記載された風味の評価試験で測定された以外の成分及び物性も、本件発明のトマト含有飲料の風味に影響を及ぼすと当業者は考えるのが通常ということができる。

 したがって,「甘み」,「酸味」及び「濃厚」という風味の評価試験をするに当たり,糖度,糖酸比及びグルタミン酸等含有量を変化させて,これら三つの要素の数値範囲と風味との関連を測定するに当たっては,少なくとも,①「甘み」,「酸味」及び「濃厚」の風味に見るべき影響を与えるのが,これら三つの要素のみである場合や,影響を与える要素はあるが,その条件をそろえる必要がない場合には,そのことを技術的に説明した上で上記三要素を変化させて風味評価試験をするか,②「甘み」,「酸味」及び「濃厚」の風味に見るべき影響を与える要素は上記三つ以外にも存在し,その条件をそろえる必要がないとはいえない場合には,当該他の要素を一定にした上で上記三要素の含有量を変化させて風味評価試験をするという方法がとられるべきである。

 

 (前略)、本件明細書の発明の詳細な説明には、(中略)、「甘味」、「酸味」及び「濃厚」の風味に見るべき影響を与えるのが、糖度、糖酸比及びグルタミン酸等含有量のみであることは記載されていない。

 また、実施例に対して、比較例及び参考例が、糖度、糖酸比及びグルタミン酸等含有量以外の成分や物性の条件をそろえたものとして記載されておらず、それらの各種成分や各種物性が、「甘味」、「酸味」及び「濃厚」の風味に見るべき影響を与えるものではないことや、影響を与えるがその条件をそろえる必要がないことが記載されているわけでもない。

 そうすると、発明の効果を得るために、糖度、糖酸比及びグルタミン酸等含有量の範囲を特定すれば足り、他の成分及び物性の特定は要しないことを、当業者が理解できるとはいえず、本件明細書に記載された風味評価試験の結果から、直ちに、糖度、糖酸比及びグルタミン酸等含有量について記載される範囲と、得られる効果との関係の技術的な意味を、当業者が理解できるとはいえない。

 

(ウ)また、本件明細書の発明の詳細な説明に記載された風味の評価試験の方法は、以下の【0088】の通りである。

「【0088】<風味>

 トマト含有飲料の風味の評価試験は,12人のパネラーに委託して行い,各風味

の強度を以下に示す基準で7段階評価したものである。ここで,表中の数値は,1

2人のパネラーの評価の平均値である。

  3点:非常に強い

  2点:かなり強い

  1点:やや弱い(判決注:「やや強い」の誤記であると認める。)

  0点:感じない又はどちらでもない

 -1点:やや弱い

 -2点:かなり弱い

 -3点:非常に弱い」

 

 本件明細書の発明の詳細な説明には、(中略)「甘味」、「酸味」又は「濃厚」という風味を1点上げるにはどの程度その風味が強くなればよいのかをパネラー間で共通にするなどの手順が踏まれたことや、各パネラーの個別の評点が記載されていない。したがって、少しの風味変化で加点又は減点の幅を大きくとらえるパネラーや、大きな風味変化でも加点又は減点の幅を小さくとらえるパネラーが存在する可能性が否定できず、各飲料の風味の評点を全パネラーの平均値でのみ示すことで、当該風味を客観的に正確に評価したものととらえることも困難である。また、各風味の変化と加点又は減点の幅を等しくとらえるためには何らかの評価基準が示される必要があるものと考えられるところ、そのような手順が踏まれたことも記載されていない。そうすると、各風味が本件発明の課題を解決するために奏功する程度を等しくとらえて、各風味についての全パネラーの評点の平均を単純に足し合わせて総合評価する、前記【0088】に記載の風味を評価する際の方法が合理的であったと当業者が推認することもできないといえる。

 

(以下、省略)

 

3.実務上の指針

(1)パラメータ発明について

パラメータ発明について、特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するための具体的な手段として、

(ア)特許請求の範囲で特定した以外のパラメータが、発明の効果に影響を与えるものでないこと、又は影響を与えるがその条件をそろえる必要がないことを記載するか、

(イ)特許請求の範囲で特定したパラメータを変動させ、かつ特許請求の範囲で特定した以外のパラメータを固定した具体例(実施例及び比較例)を開示する

ことが挙げられる。

 

(ア)については、明細書に当該事情を記載すれば事足りるが、化学・バイオ分野(食品、化粧品分野等)においては、あらゆるパラメータが発明の効果に影響を与えることが多く、このような主張が可能である場合は少ない。

 特に食品分野においては、発明の課題として「風味の改善・向上」を設定し、任意のパラメータで特定された発明が多数出願されているが、このような場合には明細書中に、

①風味とは具体的にどのような風味であるのか(風味の定義)、

②請求項で特定したパラメータが、その風味に与える影響が特に大きいこと、

を記載しておく必要がある。

 また、研究成果から、従来技術との兼ね合いを踏まえた上で、発明の課題をどのように設定するのか、十分に検討する必要がある。

 

(イ)については、あらゆる分野に適用可能であり、サポート要件のみならず、進歩性の観点からも有用であるが、実験回数が多くなる傾向にある(図1参照)。

【図1】

 (ア)又は(イ)のどちらのパターンが適切かどうかは発明の内容によるので、目的の権利を取得するための適切な開示内容を把握する上で、早めに専門家に相談することが重要となる。

 

(2)官能試験について

 人間の感覚を用いて発明の効果(品質)を評価する、いわゆる官能試験は、食品、化粧品分野において、物性値による効果の評価ができない又は困難である場合に、有効な試験方法である。

 ただし、官能試験の結果を開示する場合には、当業者が理解できる程度に評価基準を記載しておく必要がある。すなわち、サポート要件に適合するためには、どのような状態又は品質等であった場合に、どのような評価を行ったかを記載しておく必要がある。

 専門家でない一般消費者(ユーザー)による官能試験を行う場合には、VAS(Visual Analogue Scale、視覚的アナログ尺度)試験やNRS(Numerival Rating Scalae、数値評価尺度)試験等の、信憑性に足り得るものとして科学研究に良く用いられる試験方法を採用することが望ましい。

 また、官能試験を行った者が、当該技術分野について熟知している専門家であるか、官能試験を専門機関に依頼した場合には、当該事項を発明の詳細な説明に記載しておくことも有効である。

 いずれの場合であったとしても、各パネラーの評価の振り幅を等しくするための評価基準が上手く定められない場合には、平均値を取らずに、各パネラーの個別の評価を記載し、各パネラーにおける実施例と比較例の相対的な評価を記載しておく必要がある(図2参照)。

 

【図2】

以上

 



 

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