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平成28年(行ケ)第10064号 審決取消請求事件

判例航海日誌

 

平成29年8月28日

 

技術部 T.S

 

平成28年(行ケ)第10064号 審決取消請求事件

「ポリビニルアルコール系重合体フィルム事件」

 

<1> 事件の概要

 本件は,特許無効審判請求に対する不成立審決の取消訴訟である。

 

<経緯>

発明の名称:「ポリビニルアルコール系重合体フィルム」

 

 平成23年4月14日:  出願

(特願2011-536689号,パリ条約に基づく優先権主張,優先日・平成22年4月20日,優先権主張国・日本国)

 

 平成26年10月31日: 登録

(特許第5638533号。請求項の数14。)

 

 平成27年3月30日:  無効審判請求

   原告らが,平成27年3月30日に本件特許の請求項1~14に係る発明についての特許無効審判請求(無効2015-800090号)をした。

 

 同年6月18日:    訂正請求書提出

   被告は,同年6月18日付けで特許請求の範囲及び明細書の訂正を求めて訂正請求をした(以下,「本件訂正」という。)。

 

 平成28年2月2日:  審決

 平成28年2月12日:  審決書謄本送達

   審決の結論:

         特許第5638533号の明細書,特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正明細書,特許請求の範囲の記載のとおり,訂正後の請求項1~14の一群の請求項に係る訂正を認める。

        特許第5638533号の請求項5,8に係る発明についての請求を却下する。

       特許第5638533号の請求項1~4,6,7,9~14に係る発明についての請求は,成り立たない。

 

 平成28年3月14日:審決取消訴訟・出訴

 平成29年6月15日:審決取消訴訟・頭弁論終結

 平成29年6月29日:審決取消訴訟・判決言渡

      主文:特許庁が無効2015-800090号事件について平成28年2月2日にした審決を取り消す。

 

<取り消し事由>

 サポート要件の判断の誤り(取消事由1)

 

<2> 事件の内容

<本件訂正発明>

 本件訂正後の本件特許の請求項1~4,6,7,9~14に係る発明(以下,請求項の番号に従って「本件訂正発明1」のようにいい,併せて「本件訂正発明」という。)の各特許請求の範囲の記載は,次のとおりである。

【請求項1】(本件訂正発明1)

 ポリビニルアルコール系重合体(A),および当該ポリビニルアルコール系重合体(A)100質量部に対してノニオン系界面活性剤(B)を0.001~1質量部含むポリビニルアルコール系重合体フィルムであって,水に7質量%の濃度で溶解させた際の20℃におけるpHが2.0~6.8であるポリビニルアルコール系重合体フィルム。

・・・・・・(本件訂正発明2以降は省略)・・・・・・・・

 

<当裁判所の判断> (以下、下線部は筆者による追記

 

1 本件発明について

  (1) 本件訂正明細書(甲25)には,以下の記載がある(下線部は訂正箇所)。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(省略)・・・・・・・・・・・・・・

  (2) 前記(1)によると,本件訂正明細書には,次の内容が記載されているということができる。

  本件訂正発明は,ポリビニルアルコール系重合体フィルム(以下,「PVA系重合体フィルム」という。)並びにその製造方法及び保管方法に関するものである(【0001】)。

  従来から,PVA系重合体フィルムの製膜性等を改善するためにノニオン系界面活性剤を配合する方法が提案され,また,優れた光学特性等を有するPVA系重合体フィルムを提供するために特定の界面活性剤を複数種配合する方法が提案されていたが,界面活性剤を配合して製造されたPVA系重合体フィルムには,ロール状に巻いて常温近辺に温度コントロールした倉庫内に数か月間程度保管すると,ロールの色が著しく黄色味を帯びる問題があった(【0003】,【0005】)。

  そこで,常温近辺に温度コントロールした倉庫内などに数か月間程度保管した後であってもフィルムの色が黄色味を帯びにくいPVA系重合体フィルムを提供することを目的として(【0006】),PVA系重合体及び界面活性剤を含むPVA系重合体フィルムであって,水に溶解させた際のpHが一定範囲にあるPVA系重合体フィルム,すなわち,ノニオン系界面活性剤を,PVA系重合体100質量部に対して0.001~1質量部を含み,また,水に7質量%の濃度で溶解させた際の20℃におけるpHが2.0~6.8であるPVA系重合体フィルムを見い出して,本件訂正発明を完成させた(【0007】,【0010】,【0011】,【0020】~【0025】)。

  本件訂正発明は,倉庫内などに長期間保管してもフィルムの色が黄色味を帯びにくく,また,PVA系重合体フィルムを容易にかつ安価に製造することができるという効果を有するものである(【0009】)。・・・・・・(中略)・・・・・実施例1~7,比較参考例1,2,比較例1~5の組成のうち,「ノニオン系界面活性剤(B)」については,比較例1を除き,いずれも,「ラウリン酸ジエタノールアミドを95質量%の割合で含有し,かつジエタノールアミンを不純物として含む混合物」(この混合物を水に0.1質量%の濃度で溶解させた際の20℃におけるpHは9.64。以下,「本件ラウリン酸ジエタノールアミド混合物」という。)が添加されており,比較例1のみ,「ノニオン系界面活性剤(B)」が添加されていない(【0047】~【0061】)。実施例1~7,比較例2~4のノニオン系界面活性剤の含有量は,いずれも0.3質量部であり,比較例5は,3質量部である(【表1】)。本件ラウリン酸ジエタノールアミド混合物以外の「ノニオン系界面活性剤(B)」を添加した実施例,比較例は,記載されていない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(中略)・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 2 取消事由1(サポート要件の判断の誤り)について

  (1) 特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものであり,明細書のサポート要件の存在は,特許出願人(特許拒絶査定不服審判請求を不成立とした審決の取消訴訟の原告)又は特許権者(特許取消決定取消訴訟又は特許無効審判請求を認容した審決の取消訴訟の原告,特許無効審判請求を不成立とした審決の取消訴訟の被告)が証明責任を負うと解するのが相当である(当庁平成17年(行ケ)第10042号同年11月11日特別部判決・判例タイムズ1192号164頁参照)。

以下,上記の観点に立って,本件について検討することとする。

 

(2) 本件訂正発明1について

 本件訂正発明1について

   ア 前記1(2)のとおり,本件訂正明細書には,「ノニオン系界面活性剤(B)」として本件ラウリン酸ジエタノールアミド混合物を添加した実施例,比較参考例,比較例しか開示されておらず,本件ラウリン酸ジエタノールアミド混合物以外の「ノニオン系界面活性剤(B)」を添加した実施例,比較例は,開示されていない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(中略)・・・・・・・・・・・・・・

   イ 前記1(2)のとおり,本件訂正発明1は,従来,製膜性等の改善や光学特性等の向上のために界面活性剤を配合して製造されたPVA系重合体フィルムには,ロール状に巻いて常温近辺に温度コントロールした倉庫内に数か月間程度保管すると,ロールの色が著しく黄色味を帯びる問題(以下,「常温長期保管時の黄変」という。)があったことから,常温近辺に温度コントロールした倉庫内などに数か月間程度保管した後であってもフィルムの色が黄色味を帯びにくいPVA系重合体フィルムを提供することを目的とするものであり,本件訂正発明1の課題は,常温近辺に温度コントロールした倉庫内などに数ヶ月間程度保管した後であってもフィルムの色が黄色味を帯びにくいPVA系重合体フィルムを提供することであると認められる。

   ウ 前記イのとおり,本件訂正発明1の課題が,常温長期保管時の黄変を抑制し得るPVA系重合体フィルムの提供にあることから,まず,常温長期保管時の黄変の機序について検討すると,本件訂正明細書には,「・・・長期保管時のフィルムの黄変を抑制する上で重要である。上記のpHが2.0未満の場合には,PVA系重合体自体の劣化によるものと思われる黄変が生じやすくなる。」という記載(【0025】)はあるものの,これが常温長期保管時の黄変の趣旨であるか,強酸性であることを原因とする別の機序による黄変の趣旨であるかは必ずしも明らかでない上,前者の常温長期保管時の黄変の趣旨であるとしても,「PVA系重合体自体の劣化」が具体的にどのような機序を指すものであるかは,明らかでない

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(中略)・・・・・・・・・・・・・・

   ク 審決は,本件ラウリン酸ジエタノールアミド混合物による実施例の開示のみによって,請求項で「ノニオン系界面活性剤(B)」への上位概念化をしてもサポート要件に適合する理由として,「ノニオン系」という一群の界面活性剤が,ノニオン性であり,界面活性作用がある点で技術的特徴が共通し,その性質も類似することを主たる理由とするが,前記オのとおり,常温長期保管時における黄変の機序やその抑制の機序が明らかでない以上,ノニオン系界面活性剤に共通するノニオン性であり,界面活性作用があるという技術的特徴と,それに起因する性質の類似性が,本件訂正発明1の課題解決にどのように関連するかは不明であるといわざるを得ないから,実施例の拡張又は一般化がサポート要件に適合する理由付けとして不十分というほかない。したがって,ノニオン系界面活性剤が,ノニオン性であり,界面活性作用がある点で技術的特徴が共通し,その性質も類似するという審決指摘の点は,本件訂正発明1が特許法36条6項1号所定のサポート要件に適合することの理由となるものではなく,本件訂正発明1がサポート要件に適合しない旨の判断を左右するものではない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(中略)・・・・・・・・・・・・・・

   ケ 被告は,常温長期保管時の黄変は,ノニオン系界面活性剤中の疎水性基部分(炭化水素基〔一般的には炭素数の多い炭化水素基,ほとんどの場合に長鎖脂肪族炭化水素基〕から構成されている親油性基部分)の空気中の酸素による酸化によるものであるから,本件ラウリン酸ジエタノールアミド混合物において,ノニオン系界面活性剤の含有量の数値範囲を「0.001~1質量部」とし,PVA系重合体フィルムのpHの数値範囲を「2.0~6.8」とすることによって,ノニオン系界面活性剤中の疎水性基部分の酸化が防止又は抑制された際の酸化防止機構は,本件ラウリン酸ジエタノールアミド混合物のようなアルカノールアミド型以外のノニオン系界面活性剤に共通して働くはずであるとして,当業者は,本件ラウリン酸ジエタノールアミド混合物を用いた実施例から,「ノニオン系界面活性剤(B)」の種類を問わず,本件訂正発明1の課題を解決できることを認識できると主張する。

  しかしながら,本件出願日当時の技術常識を踏まえても,本件訂正明細書の記載に接した当業者において,常温長期保管時の黄変の機序がノニオン系界面活性剤(中の疎水性基部分)の酸化であると特定し得るものではないことは,前記オのとおりである。また,常温長期保管時の黄変が,ノニオン系界面活性剤の含有量の数値範囲を「0.001~1質量部」とし,PVA系重合体フィルムのpHの数値範囲を「2.0~6.8」とすることにより抑制される機序について,当業者が認識し得ないことも,前記オのとおりである。したがって,被告の主張は,本件ラウリン酸ジエタノールアミド混合物を用いた実施例から,当業者がノニオン系界面活性剤中の疎水性基部分の酸化の抑制によるものと認識できるとする点において,失当である。

  のみならず,仮に,被告主張のとおり,本件訂正明細書に接した当業者において,本件ラウリン酸ジエタノールアミド混合物を添加したPVA系重合体フィルムの常温長期保管時の黄変が,ノニオン系界面活性剤の含有量の数値範囲を「0.3質量部」とし,PVA系重合体フィルムのpHの数値範囲を「3.6~6.2」とすることにより抑制される機序について,ノニオン系界面活性剤中の疎水性基部分(炭化水素基〔一般的には炭素数の多い炭化水素基,ほとんどの場合に長鎖脂肪族炭化水素基〕から構成されている親油性基部分)の酸化の抑制によるものと認識し得たとしても,証拠(甲42~44,乙4の3)によると,脂肪族炭化水素には,官能基を有さず,反応性に乏しい「飽和脂肪族炭化水素」(=アルカン)と,C=C二重結合(官能基)を有し,二重結合の部分が酸化されやすい「不飽和脂肪族炭化水素」(=アルケン)とがあり,その反応性に差があることは,技術常識であると認められ,学術上のノニオン系界面活性剤だけをとっても,酸化反応の反応性は一様であるとはいえない上,本件訂正発明1の「ノニオン系界面活性剤(B)」には,学術上のノニオン系界面活性剤に加え,その原料,触媒,溶媒,分解物などを含む混合物を含むのであるから,酸化反応の反応性は更に多様であると考えられる

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(中略)・・・・・・・・・・・・・・

   コ 以上によると,本件訂正発明1は,本件出願日当時の技術常識を有する当業者が本件訂正明細書において本件訂正発明1の課題が解決できることを認識できるように記載された範囲を超えるものであって,特許法36条6項1号所定のサポート要件に適合するものということはできないから,これと異なる審決の判断は誤りである。

(3) 本件訂正発明2~4について

・・・・・・・・・・・(以下、本件訂正発明2以降は省略)・・・・・・・・

 

 

<3> 実務上の指針

<前提>

 本件訂正明細書には、「ノニオン系界面活性剤(B)」として本件ラウリン酸ジエタノールアミド混合物を添加した実施例、比較参考例、比較例しか開示されておらず、本件ラウリン酸ジエタノールアミド混合物以外の「ノニオン系界面活性剤(B)」を添加した実施例、比較例が開示されていなかった。

 

<サポート要件を充足しないと判断された要因>

 サポート要件を充足しないと判断された要因は、「常温長期保管時における黄変の機序やその抑制の機序が明らかでない以上,ノニオン系界面活性剤に共通するノニオン性であり,界面活性作用があるという技術的特徴と,それに起因する性質の類似性が,本件訂正発明1の課題解決にどのように関連するかは不明であった」点にあるものと考えられる。

 

<実務上の指針>

(i)共通の技術的特徴(性質)を有する少なくとも2つの物質による実施例を開示する。

 

 まず、各物質の反応性が異なることは学術上の技術常識である(Case 1)。そして、特許請求の範囲に記載の物質の反応性が同一であることを実施例を示さずに理論的に説明することは困難である。

 そのため、権利範囲の拡大をする場合には、複数の物質での実施例を開示するべきである。

 実施例で開示された2以上の物質に共通の技術的特徴(性質)までの権利範囲の拡大であれば、サポート要件は充足するものと認められるであろう(Case 2)。

 

Case 1_pori.JPG

Case 2_pori.JPG

 

(ii)明細書中にて課題の作用機序を明らかにし、発明の技術的特徴がどのように課題解決に関連するかを明確に記載する。

 

 実施例の拡張又は一般化が課題解決にどのように関連するか明らかであれば、サポート要件に適合する理由付けとして十分なものと認められると考えられるためである(判決文 2 取消事由1(サポート要件の判断の誤り)(2)(ク) 参照)。

 

(iii)出願の段階で、不用意な権利範囲の拡大及び権利範囲の拡大に伴う明細書中の物質(化合物の名称等)の列挙を行わない。

 

 単一の物質のみの実施例、比較参考例、比較例しか用意できない、かつ課題の作用機序を明らかにすることができない場合には、不用意な権利範囲の拡大及び権利範囲の拡大に伴う明細書中の物質(化合物の名称等)の列挙を行わないことが望ましい。実務において、出願後の権利範囲の縮減により、その縮減され権利範囲外となった範囲についての均等論の適用が得られなくなる恐れがあるためである。

 なお、後願の排除も目的とした出願の場合には、少なくとも、明細書中の不用意な物質(化合物の名称等)の列挙は行わないことが望ましい。不用意な物質(化合物の名称等)の列挙を行わずとも上位概念の記載があれば、後願の排除という目的は達成し得るからである。

 

以上

 

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