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  • 【みなとみらい IP Navigator】新しいパテントリンケージ制度の導入について

    2025.10.23カテゴリー:

    みなとみらい IP Navigator

    この記事の執筆者

    弁理士 村松 大輔(プロフィールはこちら)

    専門分野
    医薬品、再生医療、細胞培養、組み換えタンパク質、ペプチド製剤、核酸医薬、抗体医薬、細胞外小胞、遺伝子組み換え、遺伝子編集、PCR、次世代シーケンサー、DNA鑑定、バイオインフォマティクス、菌株、質量分析、イムノアッセイ、農業科学、化粧品、食品

    こんにちは。みなとみらい特許事務所の弁理士、村松大輔です。
    今回は今秋から始まる厚生労働省による新しいパテントリンケージ制度について簡単に紹介したいと思います。

    はじめに:パテントリンケージ制度とは

    医薬品業界において、先発医薬品の特許権と後発医薬品(ジェネリック医薬品)の承認手続きは、常に密接な関係にあります。
    この両者を関連付ける仕組みが「パテントリンケージ制度」です。

    日本では、厚生労働省の通知(平成21年二課長通知)に基づき、後発医薬品の承認審査の過程で、先発医薬品の特許を侵害しないかどうかが確認されます。
    これは、後発医薬品の承認後に特許紛争が発生し、医薬品の安定供給が滞る事態を防ぐことを主な目的としています。
    具体的には、先発医薬品の有効成分に関する「物質特許」や、効能・効果に関する「用途特許」が存続している場合、原則として後発医薬品は承認されません。

    現行制度が抱える課題

    現在のパテントリンケージ制度は、医薬品の安定供給に貢献してきた一方で、いくつかの課題も指摘されています。

    1.判断基準の不透明性

    後発医薬品の承認審査において考慮される特許の範囲(「物質特許」「用途特許」の具体的な定義)や、厚生労働省が特許抵触の有無を判断する基準が必ずしも明確ではありませんでした。

    2.承認前の司法判断の不存在

    特許を侵害するか否かの最終的な判断は裁判所が行うべきものですが、日本の司法制度では、後発医薬品が承認される前の段階で、特許権を侵害していないことの確認を求める訴訟(消極的確認訴訟)を起こすことは、原則として認められていません(知的財産高等裁判所 令和5年5月10日判決)。
    これにより、企業は司法判断を得られないまま、承認審査のプロセスを進める必要がありました。

    3.行政庁による専門的な判断の困難さ

    上記のような状況の中、薬事行政を担う厚生労働省が、高度に専門的な特許侵害の有無について判断を下すことの難しさが年々増していました。

    新しい動き:専門家の知見を活用する「専門委員制度」の導入

    これらの課題に対応するため、厚生労働省は令和6年度の調査研究事業として、医薬品特許の専門家の意見を承認審査に反映させる仕組みの構築を検討し、報告書を公表しました。
    その中核となるのが「専門委員制度」の導入です。

    この新制度は、後発医薬品の承認審査において、厚生労働省が特許抵触の判断に困難を伴う場合に、中立的な立場の専門家(弁護士、弁理士、学識経験者)から意見を聴取するものです。

    主なポイントは以下の通りです。

    • 目的:医薬品特許に関する専門家の知見を活用し、特許抵触リスクをより的確に評価することで、医薬品の安定供給を図る。
    • 対象特許の明確化:パテントリンケージの対象となる「物質特許」と「用途特許」の定義・範囲がより明確にされました。例えば、物質特許には単独の「塩」「結晶」「水和物」の特許は原則として含まないことや、用途特許には特定の用法・用量に関する特許や治療態様特許が含まれることなどが示されています。
    • 専門委員の役割:選任された専門委員(原則3名)は、公開情報や当事者から共有された資料に基づき、特許抵触リスクを評価し、厚生労働省に意見書を提出します。この意見書は法的拘束力を持ちませんが、厚生労働省が承認可否の最終判断を行う際の重要な参考資料となります。
    • 評価基準:専門委員は、「承認後に特許侵害訴訟が起きた場合に、裁判所が差止めを認める可能性がどれほど高いか」という観点から、過去の裁判例などに基づいてリスクを評価します。

    この制度は、当面の間、試行的に運用される予定であり、今後の医薬品承認実務に大きな影響を与える可能性があります。

    海外からの意見と今後の展望

    この新しい動きに対し、米国研究製薬工業協会(PhRMA)は、日本の厚生労働省に対して初期的な意見書を提出しています。
    その内容は、新制度への期待と同時に、いくつかの重要な懸念点を示唆しています。

    【PhRMAの主な意見】

    • 根本的な懸念の未解決:提案されている制度は、現行制度の最も大きな問題点である「後発品・バイオ後続品の承認申請があった際に、特許権者に十分な通知がなされない」という点を解決していないと指摘しています。
    • 判断の主体:特許侵害の有無という高度に法的な判断は、行政機関ではなく、最終的には裁判所が行うべきであると主張しています。
    • 市場の不確実性:専門委員の意見には法的拘束力がないため、紛争解決には至らず、かえって市場の不確実性を増大させるリスクがあるとしています。
    • 運用上の疑問:専門委員の中立性をどう担保するのか、判断は全会一致でなされるのか、当事者が反論する機会は十分に与えられるのかなど、具体的な運用に関する多くの疑問を呈しています。
    • 強い要望:PhRMAは、後発品の承認申請があった時点で特許権者に通知する制度の構築と、特許紛争が解決するまで薬価収載を留保する措置を強く求めています。

    これらの意見は、先発医薬品メーカーの立場を反映したものですが、制度をより実効的かつ公平なものにするための重要な論点を含んでいます。

    専門委員制度の導入は、日本のパテントリンケージ制度における大きな一歩ですが、その運用にあたっては、PhRMAが指摘するような課題について、今後も継続的な議論と改善が求められるでしょう。

    おわりに

    パテントリンケージ制度の見直し、特に専門委員制度の導入は、製薬企業の事業戦略、とりわけ後発医薬品の開発戦略や先発医薬品のライフサイクルマネジメント戦略に大きな影響を及ぼします。

    専門委員制度は現行制度の運用改善として重要な一歩ですが、より本質的な解決のためには、さらに踏み込んだ制度設計が必要であると筆者は考えます。
    具体的には、後発医薬品の承認前に早期に司法判断を得られる仕組みの構築と、特に紛争の火種となりやすい「延長された特許権の効力範囲」(特許法第68条の2)の予測可能性を高めるための特許法改正です。

    しかし、早期の司法介入を可能にするための立法上のハードルは高く、また、特許法改正についても、現状では産業界全体を動かす強力なドライビングフォースが存在しないのが実情です。

    このような長期的課題を念頭に置きつつも、企業はまず、この新しい変化に対応していかなければなりません。
    これまで以上に知財部門と薬事部門との緊密な連携が不可欠となり、特許情報の正確な報告、後発品申請における非侵害論理の構築、そして専門委員制度の意見聴取プロセスへの適切な対応など、高度な専門性が求められる場面が増加することが予想されます。

    今回導入される専門委員制度の動向を注視しつつ、長期的には根本的な課題解決に向けた議論の進展が期待されます。

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