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    2017.9.25カテゴリー: 判例航海日誌

    判例航海日誌

    平成29年9月13日

    みなとみらい特許事務所

    弁理士 村松大輔

     

    平成28年(行ケ)第10157号 審決取消請求事件

     

    .事案の概要

    平成9年2月12日          特許出願(発明名称:酸味のマスキング方法)

    平成19年2月16日        設定登録(特許第3916281号)

    平成26年7月9日          特許無効審判請求(無効2014-800118号)

    平成27年11月30日      訂正請求(以下、「本件訂正」という)

    平成28年6月10日        本件訂正は訂正要件違反であるとしたうえで、無効審決

    平成28年7月14日        原告(特許権者)が、本件訂正の可否のみを争い審決取消訴訟を提起

     

    2.争点

     本件訂正は、新規事項の追加に該当するか否か。

    (条文:特許法134条の2第9項で準用する同法126条5項)

     

    3.訂正の内容

    ・本件訂正前の特許請求の範囲の記載

    【請求項1】

     醸造酢及び/又はリンゴ酢を含有する製品、又はコーヒーエキスを含有する製品に、スクラロースを該製品の0.000013~0.0042重量%の量で添加することを特徴とする酸味のマスキング方法。

     

    ・本件訂正後の特許請求の範囲の記載

    【請求項1】

     醸造酢及び/又はリンゴ酢を含有する製品に、スクラロースを該製品の0.0028~0.0042重量%の量で添加することを特徴とする該製品の酸味のマスキング方法。

    (なお、訂正前の請求項数は2であり、本件訂正後の請求項数は3である。審決は本件訂正後の請求項2及び3についても訂正要件違反と判断し、原告はこれら請求項についての訂正の可否についても争っているが(取消理由2及び3)、本稿では請求項1についての訂正の可否(取消理由1)についての知財高裁の判断のみを取り上げる。)

     

    4.明細書の記載

    【0016】

    実施例2:ピクルス

    醸造酢(酸度10%)15部、食塩6.5部、ハーブ(ディル)抽出物0.4部、ウコン粉末0.2部、ディルフレーバー0.1部、スクラロース0.0028部、又はハイステビア500(ステビア抽出物  池田糖化工業株式会社製)0.013部を水にて100部とし、ローレル、カッシャ、唐辛子を適量加える。この調味液と塩抜きしたきゅうりを4対6の割合で合わせ、瓶詰めする。

    その結果、スクラロース又はステビア抽出物を添加していないピクルスに比べて、酸味がマイルドで嗜好性の高いピクルスに仕上がった。

     

    5.裁判所の判断

    『前記1の認定事実によれば、実施例2においては、醸造酢(酸度10%)15部、スクラロース0.0028部等を含有する調味液と塩抜きしたきゅうりを4対6の割合で合わせて瓶詰めをしてピクルスを得た結果、当該ピクルスは、スクラロースを添加していないものに比べて、酸味がマイルドで嗜好性の高いものに仕上がり、ピクルスに対する酸味のマスキング効果が確認されたことが認められる。そうすると、醸造酢を含有する製品として、酸味のマスキング効果を確認した対象は、調味液ではなくピクルスであるから、当該効果を奏するものと確認されたスクラロース濃度は、上記調味液におけるスクラロース濃度ではなく、これに水分等を含むきゅうりを4対6の割合で合わせた後のピクルスのスクラロース濃度であると認めるのが相当である。

     これに対し、本件明細書に記載された0.0028重量%は、調味液に含まれるスクラロース濃度であるから、当該濃度は、酸味のマスキング効果が確認されたピクルス自体のスクラロース濃度であると認めることはできない。

     他方、ピクルスにおけるスクラロース濃度は、実施例2において調味液のスクラロース濃度を0.0028重量%とし、この調味液と塩抜きしたきゅうりを4対6の割合で合わせ、瓶詰めされて製造されるものであるから、きゅうりに由来する水分により0.0028重量%よりも低い濃度となることが技術上明らかである(きゅうりにスクラロースが含まれないことは、当事者間に争いがない。)。そして、0.0028重量%よりも低いスクラロース濃度においてピクルスに対する酸味のマスキング効果が確認されたのであれば、ピクルスにおけるスクラロース濃度が0.0028重量%であったとしても酸味のマスキング効果を奏することは、本件明細書の記載及び本件出願時の技術常識から当業者に明らかである。そのため、スクラロースを0.0028重量%で「醸造酢及び/又はリンゴ酢を含有する製品」に添加すれば、酸味のマスキング効果が生ずることは当業者にとって自明であり・・・、このことは本件明細書において開示されていたものと認められる。

     そうすると、製品に添加するスクラロースの下限値を「製品の0.000013重量%」から「0.0028重量%」にする訂正は、特許請求の範囲を減縮するものである上、本件訂正後の「0.0028重量%」という下限値も、本件明細書において酸味のマスキング効果を奏することが開示されていたのであるから、本件明細書に記載した事項の範囲内においてしたものというべきである。

     したがって、訂正事項1は、当業者によって本件明細書、特許請求の範囲又は図面(以下「本件当初明細書等」という。)の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものといえるから(知的財産高等裁判所平成18年(行ケ)第10563号同20年5月30日特別部判決参照)、特許法134条の2第9項で準用する同法126条5項の規定に適合するものと認めるのが相当である。

     以上によれば、訂正事項1が本件明細書に記載した事項の範囲内においてしたものとはいえず、特許法134条の2第9項で準用する同法126条5項の規定に適合しないとした審決の判断には誤りがあり、原告の主張する取消事由1は理由がある。

     

    6.検討

     本件訂正は、スクラロースの添加量の下限値を訂正するものであり、「スクラロースを該製品の0.0028~0.0042重量%の量で添加する」ことを特定するものである。つまり、製品に対する濃度の下限値として、「0.0028重量%」という数値を導入するものである。

     一方、原告が本件訂正の根拠として主張している実施例2に記載の数値「0.0028重量%」は、製品(ピクルス)の原料である調味液に対するスクラロースの濃度として記載されていたものであり、製品(ピクルス)に対するスクラロースの濃度として記載されていたものではない。

     

     ここで、審査基準には、数値限定に関する補正について以下の記載がある。

    『請求項に記載された数値範囲の上限、下限等の境界値を変更して新たな数値範囲とする補正は、以下の(i)及び(ii)の両方を満たす場合は、新たな技術的事項を導入するものではないので許される。

    (i) 新たな数値範囲の境界値が当初明細書等に記載されていること。

    (ii) 新たな数値範囲が当初明細書等に記載された数値範囲に含まれてい

    ること。』

     

     この審査基準に照らすと、製品に対する濃度として記載されていたわけではない「0.0028重量%」という数値を製品に対する濃度の下限値として導入する訂正は、(i)の条件を満たしておらず、一見すると新規事項の追加と判断されるのが妥当なように思える(少なくとも特許庁は審決にてこのように判断している)。

     

     しかし、裁判所は、「0.0028重量%」が、製品に対する濃度ではなく調味液に対する濃度であることを認定したうえで、なお新規事項の追加に当たらないと判断している。

     裁判所は、実施例2において製品(ピクルス)に対するスクラロースの濃度が0.0028重量%よりも低くても効果が現れることが記載されているのであるから、製品に対してスクラロースを0.0028重量%添加する場合に効果が奏されることは当業者にとって自明であり、このことは当初明細書において開示されていたことをその判断の根拠としている。

     つまり、訂正により発明の構成として追加しようとする新たな数値範囲の境界値が形式的に明細書に記載されていなくとも、当該境界値において効果が奏されることが当業者にとって明らかなように明細書に記載されていれば、当該訂正は新規事項の追加に当たらないと裁判所は判断している。

     

     確かに、特許法において新規事項の追加に当たる訂正/補正が禁止されている趣旨は、第三者に不測の不利益が生じることを防ぐことにある。当初明細書の記載は、製品に対してスクラロースを0.0028重量%添加する場合であっても効果が奏されることが当業者に理解できるように記載されていたのであるから、裁判所の判断は、新規事項の追加を禁止する特許法の趣旨に合致しており、合目的的だといえ、妥当であるだろう。

     また、裁判所は、当初明細書等に記載されていない境界値を訂正/補正により追加することを容認しているわけではない。発明の効果との関係で一定の技術的な意義があるように記載されている境界値について「当初明細書等に記載されている」と評価しているのであって、あくまでも上述した審査基準の(i)の条件の範囲内で新規事項の追加の有無について判断しているのである。

     

    7.実務上の指針

     本判例により、当初明細書に形式的に開示されていない数値範囲の境界値であっても、当該境界値で発明の効果が奏されることが当業者にとって自明なように記載されていれば、当該境界値を特許請求の範囲に導入する訂正/補正は新規事項の追加に当たらないことが示された。

     しかし、明細書の作成段階においては、訂正や補正により特許請求の範囲に導入することが予想される数値範囲の境界値については、形式的にも明らかなように記載しておくことが、スムーズな審査・審理を受ける観点ではベストであろう。

     本判例で示された事項は、記載変更の自由度が制限された訂正や補正の場面で、特許請求の範囲に導入したい数値範囲の境界値が明細書に形式的に明示されておらず、実施例の結果より当該境界値を抽出する必要に迫られたときに活用するという心積もりでいる方が良いように思う。

    以上

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