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    2019.11.22カテゴリー:

    判例航海日誌ブログ

    判例航海日誌

    技術部 T.S

    「タンパク質を抽出する混合液 事件」

    平成29年(ワ)第41474号 特許権に基づく損害賠償請求事件

     

    <1> 事件の概要

     本件は,タンパク質を抽出する混合液の特許に係る特許権者である原告が,被告の製造販売に係るクレンジングオイルは,上記特許に係る特許請求の範囲ものであるところ,被告の上記製造販売に因り原告に2億4150万円の損害が生じた旨主張して,被告に対し,特許権侵害の不法行為による損害賠償請求権に基づき,上記の一部請求として1000万円及びこれに対する訴状送達日の翌日である平成29年12月20日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

     

    <本件発明>

    (1)本件特許

     原告は,発明の名称を「タンパク質を抽出する混合液」とする特許権(特許第5388259号。請求項の数は4である。以下,この特許を「本件特許」という。)の特許権者である。原告は,本件特許につき,平成25年8月17日に特許出願をし,同年10月18日にその設定登録を受けた。なお,本件特許の特許出願(特願2013-169295号)は,特願2013-67504号に係る特許出願(以下「本件原出願」という。)を分割したものである。

     

    [本件特許]

    特許第5388259号

    https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-5388259/DEE11EF2ADE0A63F1464A3CA5202F8C3FDB4A86063D1CC388F5ED12848E591E9/15/ja

     

    [本件原出願]

    特願2013-67504号

    https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2014-193813/0A2CE8D8468559357FFC214E3BD81040A065B5380D39261C96BC6BAE90E22E99/11/ja

     

     

    (2)本件発明

     本件特許に係る特許請求の範囲の請求項1ないし4の記載は,別紙特許公報の該当部分に記載されたとおりである(そのうち請求項3の記載を,以下「本件特許請求の範囲」といい,これに係る発明を「本件発明」という。また,請求項1の記載に係る発明を「請求項1発明」という。)。

     

    (2-1)請求項1発明

     炭素数15~18の高級アルコールである第1の高級アルコールと、炭素骨格中に1つの不飽和結合を有する脂肪酸又は飽和脂肪酸を含む、炭素数18の脂肪酸と、を少なくとも含み、

     タンパク質と水性溶媒とを含む抽出対象液からタンパク質を抽出する混合液。

     

    (2-2)本件発明(請求項3)及び構成要件の分説

     本件発明を構成要件に分説すると,次のとおりである(以下,分説した構成要件をそれぞれの符号に従い「構成要件A」などのようにいう。)。

     

    A      請求項1又は2に記載の前記第1の高級アルコールとは異なる,炭素数20の高級アルコールである第2の高級アルコールと,炭化水素と,を少なくとも含み,

    B      タンパク質,水性溶媒,炭素数15~18の高級アルコール,及び炭素骨格中に1つの不飽和結合を有する脂肪酸又は飽和脂肪酸を含む,炭素数18の脂肪酸を含む抽出対象液からタンパク質を抽出する

    C      混合液。

    被告製品の構成

     被告製品に含まれるオクチルドデカノール及びスクワランは,それぞれ,構成要件Aの「第2の高級アルコール」,「炭化水素」に当たる。

    ・・・中略・・・

     

     

    <当裁判所の判断(下線部及びカギカッコは、筆者による追記)>

    1 争点1(被告製品に係る,本件発明の構成要件充足性)について

    本件事案に鑑み,まず,争点1-2(構成要件Bの充足性)について判断する。

     

    ・・・中略・・・

    ウ 発明が解決しようとする課題

    【0005】しかし,溶液中の対象物質を分離等するために使用されて来た従来の方法は,いずれも,界面活性剤の使用を前提としていた。界面活性剤を使用すると,分離等された対象物質から界面活性剤を除去する工程が必要となり,煩雑さが生じていた。従って,溶液中から対象物質を簡便に分離するための混合液が求められていた。

    【0006】本発明は,上記の課題を解決するためになされたものであり,タンパク質と水性溶媒とを含む抽出対象液からタンパク質を簡便に分離できる混合液を提供することを目的とする。

    ・・・中略・・・

     

    [構成要件Bの「タンパク質を抽出する」混合液の解釈]

    [ア 判断]

     特許発明の技術的範囲は,特許請求の範囲の記載に基づいて定められるものであり(特許法70条1項),特許請求の範囲の記載の解釈は,明細書の発明の詳細な説明の記載等を考慮して行うべきものである(同条2項)。しかして,本件発明の構成要件Bにおける「タンパク質を抽出する」混合液との文言について解釈し,そのタンパク質抽出の態様を明らかにすべく,本件明細書の発明の詳細な説明の記載をみると,

     

    ・・・中略・・・

     

    本件発明に係る,「タンパク質を抽出する」混合液とは,タンパク質と水性溶媒に加え所定の高級アルコールと脂肪酸を含む抽出対象液から,上記とは別の高級アルコールと炭化水素を含むことによって,タンパク質を夾雑物の含有量がより少ない状態で分離(抽出)できる混合液であり,界面活性剤の含有の有無を問わないが,従来のエマルション等に含まれる界面活性剤よりも少ない量の界面活性剤の含有を,従来必要とされていた除去工程を不要にする限度において許容することによって,上記の分離(抽出)を簡便に行うことができる混合液という技術思想に係るものであるというべきである。そうすると,「タンパク質を抽出する」上記混合液において,その含有される界面活性剤の程度は,分離等された対象物質から界面活性剤を除去する工程が不要である程度を限度とするものであり,そのような態様によってタンパク質を抽出するものと解するのが相当であり,分離(抽出)されたタンパク質から界面活性剤を除去する工程が必要となるものは,上記「タンパク質を抽出する」混合液には当たらないというべきである。

    なお,この解釈は,本件特許の特許出願の経過(「早期審査に関する事情説明書」(乙2)「意見書」,(乙3))において,原告自身が,先行技術においては,タンパク質の抽出につき界面活性剤を使用することが必要的であったところ,本件原出願の実施形態は,界面活性剤を必要的に用いることはせず,高級アルコールを必要的に用いるものであり,この構成の差により,界面活性剤を抽出結果物から除去する工程を不要とすることが可能となり,また,タンパク質への界面活性剤の悪影響を回避することが可能となるという効果を奏し(乙2),さらに,界面活性剤を含まなくとも,抽出対象液からタンパク質を簡便に分離できるという,従来技術からは予測し得ない異質な効果を奏する(乙3)旨述べていることにも沿うものであり,何ら矛盾するものではない。

     

    [イ 原告の主張について]

     これに対し,原告は,本件明細書(段落【0056】)には,「本発明の目的を害さない限り,公知の添加剤(界面活性剤,炭素数18未満の高級アルコール等)を添加してもよい」と記載されているが,本件発明の目的を害する場合とは,タンパク質の分離・抽出作用が機能しない場合,例えば,界面活性剤の分量が多すぎるために抽出対象液の全部が乳化して二層に分離せず,結果として界面が生じない場合などの極めて例外的な場面を指すものであって,上記のようなタンパク質の分離抽出においておよそ想定されない添加物の添加以外は,むしろ広く公知の添加物の添加をさらに許容することを明示したものと解釈されるべきである旨主張する。

     しかし,上記説示のとおり,本件発明に係る「タンパク質を抽出する」混合液において,その含有される界面活性剤の程度は,分離(抽出)された対象物質から界面活性剤を除去する工程が不要である程度を限度とするものであり,そのような態様によってタンパク質を抽出するものと解するのが相当であるというべきであり,本件明細書の具体的記載を精査しても,原告が主張するような,界面活性剤の分量が多すぎるために抽出対象液の全部が乳化して二層に分離せず,結果として界面が生じない場合などの極めて例外的な場面を除いて広く界面活性剤の添加を許容することが読み取れるような記載は見当たらない。したがって,原告の上記主張は,本件明細書の具体的記載から離れた独自の主張というほかなく,採用することができない。

     

    [被告製品と構成要件Bとの対比]

    ・・・中略・・・

     被告製品における界面活性剤の含有量が,従来のエマルション等に含まれる界面活性剤よりも少ない量であるものとは認められず,その含有される界面活性剤の程度が,分離(抽出)された対象物質から界面活性剤を除去する工程が不要である程度であるとは認めるに足りない。

     そうすると,このような被告製品は,そのタンパク質抽出の態様の観点からして,構成要件Bの「タンパク質を抽出する」混合液という文言を充足しないというほかない

    ・・・中略・・・

     

    [5 小括]

    以上のとおり,被告製品は,本件発明の構成要件Bの「タンパク質を抽出する」混合液との文言を充足せず,本件発明の技術的範囲に属しないものというべきである。原告は,その他縷々主張するが,そのいずれを慎重に検討しても,上記説示を左右するに足りるものはなく,いずれも採用の限りでない。

     

    <2> 明細書の作成、中間応答における、実務上の指針

     背景技術・課題・明細書を記載する際に、語の定義が縮減解釈されてしまわないよう、注意を払う必要がある。

     また、「本発明の目的を害さない限り,公知の添加剤(界面活性剤,炭素数18未満の高級アルコール等)を添加してもよい」といった定型句を載せる際にも、発明の効果を奏さない構成を含まないか語の定義が縮減解釈されてしまわないか等の丁寧な検討をしたうえで記載することが肝要である。

    以上

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