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  • 平成31年(行ケ)第10031号 審決取消訴訟事件

    2020.02.28カテゴリー:

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    判例航海日誌

     

    令和2年2月28日

    みなとみらい特許事務所

    技術部 座間克也

     

    平成31年(行ケ)第10031号

    「低温靭性に優れたラインパイプ用溶接鋼管並びにその製造方法」事件

     

    1.事件の概要

    <1>特許庁における手続きの経緯

    平成25年2月15日  出願 (発明の名称:低温靭性に優れたラインパイプ用溶接鋼管並びにその製造方法)

     

    平成28年12月9日  拒絶査定

    平成29年3月21日  拒絶査定不服審判請求(不服2017-4028号)

    平成30年10月19日 手続補正書により特許請求の範囲を補正

    平成31年2月4日   審決(審判請求は成り立たない)

    平成31年3月20日  審決取消訴訟提起

    <2>本願発明と引用発明の対比

    本願発明

    引用例1

    【請求項1】管状に成形された鋼板を溶接した溶接鋼管であって,/管状に成形

    された前記鋼板の突き合せ部をサブマージアーク溶接で内面外面の順に内外面それぞれ一層溶接され,/溶接部において,内面側溶融線と外面側溶融線との会合部を

    内外面溶融線会合部とした際,内面側の前記鋼板表層から前記内外面溶融線会合部までの板厚方向距離L1(mm)と,外面側の前記鋼板表層から前記内外面溶融線会合部までの板厚方向距離L2(mm)とが(1)式を満足し,/前記鋼管の周方向を引張方向とした際,前記鋼板の引張強度が570~825MPaであることを特徴とする低温靭性に優れたラインパイプ用溶接鋼管。

    0.1≦L2/L1≦0.86 ・・・ (1)

     円筒状に成形した鋼板をシーム溶接したUO鋼管であって,/鋼板を円筒状に成形した後に,その鋼板の突き合わせ部を,内面からサブマージアーク溶接により先行するシーム溶接を行い,その後,外面からサブマージアーク溶接により後続するシーム溶接を行うことで,内外面両側から各々1層ずつ順番にシーム溶接をし,/溶接部において,先行するシーム溶接により形成された溶接金属の厚さをW1,後続するシーム溶接により形成された溶接金属の厚さをW2とする場合に,0.6≦W2/W1≦0.8,あるいは1.2≦W2/W1≦2.5の関係を満足し,/鋼板の引張強度が850MPa以上1200MPa以下である耐低温割れ性に優れた天然ガス・原油輸送用ラインパイプ用UO鋼管

     

    (一致点)

    「管状に成形された鋼板を溶接した溶接鋼管であって,/管状に成形された前記鋼板の突き合せ部をサブマージアーク溶接で内面外面の順に内外面それぞれ一層溶接され,/低温靭性に優れたラインパイプ用溶接鋼管。」である点。

    (相違点1)

    本願発明が,

    「溶接部において,内面側溶融線と外面側溶融線との会合部を内外面溶融線会合部とした際,内面側の前記鋼板表層から前記内外面溶融線会合部までの板厚方向距離L1(mm)と,外面側の前記鋼板表層から前記内外面溶融線会合部までの板厚方向距離L2(mm)とが(1)式 0.1≦L2/L1≦0.86 を満足し」ているのに対し,引用発明は,「溶接部において,先行するシーム溶接により形成された溶接金属の厚さをW1,後続するシーム溶接により形成された溶接金属の厚さをW2とする場合に,0.6≦W2/W1≦0.8,あるいは1.2≦W2/W1≦2.5の関係を満足し」ている点。

    (相違点2)

    本願発明が,

    「前記鋼管の周方向を引張方向とした際」「前記鋼板の引張強度が570~825MPaである」のに対し,引用発明は,「鋼板の引張強度が850MPa以上1200MPa以下である」点。

    <3>拒絶査定不服審判 審決の概要

    (1)相違点1について

     引用文献1の図5、図6及び段落【0041】-【0042】の記載から、W2/W1が約0.9の時に溶接線方向の最大引張応力が最大となることが理解でき、W2/W1が0.9をある程度下回った値に設定することは当業者であれば当然に認識する事項である。

    一方で、引用文献1の図11及び段落【0056】の記載から、W2/W1が小さくなるにしたがって、吸収エネルギーの低値発生頻度が高くなるという別の問題が発生することが理解できる。

     そして、これら最大引張応力及び吸収エネルギー低値発生頻度の両条件から、W2/W1を0.6から0.8の範囲としたことも、段落【0057】の記載から理解できる。そうすると、W2/W1の上限値は、図5及び図6において、許容できる溶接線方向最大引張応力に応じて適宜設定される値であり、W2/W1の下限値は、図11において、許容できる溶接熱影響部の-30℃における吸収エネルギーの低値発生頻度に応じて適宜設定される値であることも、当業者であれば認識する事項である。

     ここで、本願発明においては、L2/L1という引用発明のW2/W1とは別の測定位置を測定している点で、引用発明とは相違するものの、同一のUO鋼管について、別の測定手法(測定位置)で測定したからといって、UO鋼管の溶接部の強度等の性質自体までもが変化するものではない。

     そして、引用文献1の図4において、W2/W1が大きくなる、つまり、先行するシーム溶接により形成された溶接金属の厚さW1に対して、後続するシーム溶接により形成された溶接金属の厚さW2を大きくしていけば、それに対応してL2/L1も大きくなるという相関関係があることは、図から考えて明らかであるから、引用文献1に示された技術において、図5、図6及び図11の横軸をW2/W1に代えてL2/L1とすることは、単なる測定手法の変更にすぎない。

    (2)相違点2について

     『鋼管の周方向に対応する方向の引張強度が600~800MPa程度の鋼板について、その突合せ部を内外面から1パスずつサブマージドアーク溶接することで、低温靱性に優れたラインパイプ用溶接鋼管を製造することは、例えば、上記引用文献2に示されているように従来周知の事項である。

     一方、引用文献1の段落【0021】には、「本発明では、適用する母材および溶接金属の強度の範囲を850MPa以上1200MPaに限定した。この理由は、溶接金属の引張強度が850MPa未満の場合は強度が低く溶接金属で低温割れは起こらず、母材の溶接熱影響部に発生し易くなるため、本発明の適用範囲外である。」と記載されている。

     しかしながら、引用文献1の図5(溶接金属強度が1000MPaのもの)、図6(溶接金属強度が850MPaのもの)を比較した場合、溶接金属の強度が変化しても、溶接線方向最大引張応力値に同様の傾向が見られることは、当業者であれば十分に認識する事項であり、溶接金属の強度が850MPaを下回ったとしても、850MPaと同様のW2/W1値(1.0近辺の値を避けた値)で実施することは十分に想到しうる事項である。

     言いかえれば、引用文献1に接した当業者が、上記段落【0021】の記載をもって、L2/L1が本願発明の範囲に含まれない、すなわち、L2が極端に小さい場合や、L2とL1がほぼ等しい場合をわざわざ実施するものとは認められない。

     そうすると、引用発明のラインパイプ用UO鋼管の製造技術において、引用文献2に記載された従来周知の事項を勘案して、鋼板の引張強度が570~825MPaのものを用いることは、当業者であれば容易に想到しうるものと認められる。』

     

    <4>裁判所の判断

    『(2) 相違点1及び相違点2の容易想到性について

    引用発明は,引張強度が850MPa以上1200MPa以下という条件の下で,W2/W1の値の最適範囲を特定したものであるから,引用発明において,引張強度とW2/W1の値は相互に関連しているため,相違点1と相違点2を併せて判断する。

     ア 本願発明は、・・・一層溶接されたラインパイプ用溶接鋼管において、溶接による熱影響部(HAZ)で優れた低温靭性を得るため、・・・板厚方向距離L1と、・・・板厚方向距離L2とが、0.1≦L2/L1≦0.86を満足し、前記鋼管の周方向を引張方向とした際、前記鋼板の引張強度が570~825MPaであるように期待したものである。

     一方、引用発明は、・・・一層シーム溶接した、ラインパイプに用いられるUO鋼管において、シーム溶接部に発生する低温割れを防止するため、溶接部において、先行するシーム溶接により形成された溶接金属の厚さをW1、後続するシーム溶接により形成された溶接金属の厚さをW2とする場合に、0.6≦W2/W1≦0.8、あるいは1.2≦W2/W1/2.5の関係を満足し、鋼板の引張強度が850MPa以上1200MPa以下と規定したものである。

    ・・・しかしながら、本願発明は、外面入熱を大幅に低減して外面溶接影響部の低温靭性を向上させ、内面溶接熱影響部の低温靭性を劣化させない範囲に、・・・内外面両方の溶接熱影響部で優れた低温靭性を得ることを目的として、・・・板方向距離L1と、・・・板方向距離L2の比を検討し、・・・L2/L1の上限及び下限を設定したものである。

     これに対し、引用発明は、シーム溶接部に発生する低温割れを防止するため、・・・シーム溶接の溶接金属の厚さW1と・・・溶接金属の厚さW2の比を検討し、W2/W1の上限及び下限を設定したものである。

     そうすると、本願発明と引用発明とは、・・・その解決しようとする課題が異なる。また、その課題を解決するための手段も異なるため、引用例1には、外面溶接熱影響部における低温靭性の向上のため、W2/W1をL2/L1に置き換えることの記載も示唆もない。

     また、W2/W1が一定であっても、内面側溶接金属の溶け込み量が変化すると、L2/L1は変動するから、W2/W1とL2/L1とは相関がなく、W2/W1に対してL2/L1は一義的に定まるものではない。

     以上によれば、引用発明のW2/W1をL2/L1に置き換える動機付けがあるとはいえないというべきである。

    イ 引用発明のW2/W1は、鋼板の引張強度が850MPa以上1200MPa以下という条件下での溶接金属内での残留応力を根拠として最適化されたものであり、引用例1には、これを850MPa未満のものに変更することの記載も示唆もない。

     そうすると、本願出願時において、鋼管の周方向に対応する引張強度が600~800MPaの鋼板について、その突合せ部を内外面から1パスずつサブマージドアーク溶接することで、低温靭性に優れたラインパイプ用溶接鋼管を製造することが知られていたこと(引用例2)を考慮しても、鋼板の引張強度が850MPa以上1200MPa以下という条件でW2/W1を最適化した引用発明において、鋼板の引張強度が570~825MPaのものに変更することについて、動機付けがあるといえない。

     よって、相違点1及び2は、引用発明及び引用例2の技術事項に基づいて、当業者が容易に想到できたものであるとはいえない。

    (3).被告の主張について

    イ 相違点2について

     被告は,引用発明について,鋼板の引張強度が850MPa未満の場合でも,溶接金属での低温割れが全く生じなくなるわけではないと考えるのが妥当であるから,引用発明において,引張強度が850MPa未満の鋼管を適用する動機付けは存在する旨主張する。引用例1には,「低温割れは,従来から言われているように,溶接金属の硬さ,溶接金属中の拡散性水素量及び溶接金属に加わる引張応力の3種類の要因が重なり発生する。このため,3種類の要因でいずれか1種類以上の要因を緩和することにより低温割れの発生を防止することができる。」(【0032】),「この3種類の要因のうち,溶接金属の硬さは溶接金属の機械的特性を左右する重要な因子であり,安易に規制することは好ましくはない。そのため,拡散性水素と引張残留応力の両者を低減する方法を検討した。」(【0033】)との記載があり,これらの記載によれば,引用発明のUO鋼管の溶接部における低温割れに対する対策が、引張強度が850MPa以上の溶接部を用いた場合に限定されていたとまではいえない。

    もっとも、「溶接金属の引張強度が850MPa未満の場合は強度が低く溶接金属で低温割れは起こらず、母材の溶接熱影響部に発生し易くなる」(【0021】)との記載によれば、引用発明において引張強度が850MPa未満の鋼板を用いる場合には、母材の溶接熱影響部での低温割れの抑制をも考慮することになると解される。そして、前記の通り、引用発明の0.6≦W2/W1≦0.8という数値範囲は、溶接金属における低温割れを防止するために、溶接金属内の残留応力に着目して最適化したものであるから、引張強度850MPa未満の鋼板を用いた場合に、母材の溶接熱影響部での低温割れの抑制を考慮した溶接条件を採用しても、溶接金属でのW2/W1の値が、引張強度850MPa以上1200MPa以下の鋼板について最適化した上記の範囲と全く同じになるとはいえないというべきである。したがって、引用発明において、溶接金属でのW2/W1の範囲はそのままにして、鋼板の引張強度だけを850MPa未満とすることはできないから、被告の主張は採用できない。

    (5) 小括

    よって,本件審決の進歩性判断には誤りがあるから,取消事由2は理由がある。』

    <5>コメント

     拒絶査定不服審判において、特許庁は相違点1及び相違点2を認定し、それぞれの相違点について別々に検討を行った。

     一方、裁判所は、相違点については特許庁の認定通りとしながらも、『引用発明において,引張強度とW2/W1の値は相互に関連しているため,相違点1と相違点2を併せて判断する。』とした上で、相違点1及び2は、引用発明に基いて容易に想到できたものあるとはいえないと判断した。

     1つ1つのパラメーターを個別に検討するとそれぞれが容易想到であるように見える場合であっても、一つの課題を解決するための解決手段としての2以上のパラメーターを揃えることに技術的意義がある場合、前提条件となるパラメーターとその前提の中で設定されるパラメーターに技術的意義がある場合等、互いに関連するパラメーターを1つの技術的特徴であるとして相違点を認定することで、有効に反論を行える場合がある。

     審査官が認定した相違点を鵜呑みにせず、その発明の技術課題や技術的特徴を勘案し、適切な相違点を認定することが肝要である。

    以上

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