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    2013.08.19カテゴリー:

    判例航海日誌

    平成22年(行ケ)第10331号 審決取消請求事件

     

    1.事件の概要

    (1)事案の概要

    本件は,被告の特許権について原告からの無効審判請求を成り立たないとした審決の取消訴訟である。争点は,進歩性(容易想到性)の有無並びに分割要件違反,補正要件違反及び記載要件違反の有無である。

    このうち、裁判所は、記載要件違反についてのみ判断を示した。

     

    (2)特許庁での経緯

    平成23年1月8日           無効審判請求

    平成22年9月13日       請求棄却

     

    2. 本件発明

    【請求項1(本件発明1)】

    「被施療者が着座するための座部と,該座部に対して後傾可能に設けられて該被施療者の上半身を支持するための背凭れ部と,該背凭れ部の前方に設けられた左右の肘掛け部とを備え,

    該肘掛け部は,手のひらを下方に向けた前腕のうち手のひらに連なる部分に対向する第1部分と手の甲に連なる部分に対向する第2部分と小指側に連なる部分に対向する第3部分とを具備すると共に該第3部分に対向する部分が前腕の長手方向に

    沿って開口して正面視で内側に開いたカバー部を有し,

    前記肘掛け部は更に,前記第1部分および前記第2部分のそれぞれに設けられて膨張・収縮する空気袋を有し,手のひらを下方に向けた前腕を前記第1部分に載せた状態で前記空気袋を膨張・収縮させることにより,前記手のひらに連なる部分お

    よび前記手の甲に連なる部分に押圧刺激を付与できるように構成され,

    更に,前記カバー部が有する少なくとも第2部分は板状部材により構成され,且つ,前記第2部分における左右方向内側部分の前後方向寸法が,前記第3部分の前後方向寸法よりも小さくなるように構成されていることを特徴とするマッサージ

    機。」

    (以下省略)

     

     

    2.本訴訟における争点

    本件特許発明1の請求項は、特許法36条6項2号に規定される要件に違反しているか

     

    3.裁判所の判断

    第5 当裁判所の判断

    1 記載要件違反の有無の判断の誤り(取消事由4)について

    (1) 記載要件違反の有無の判断の誤りについてまず判断する。

    本件発明1の特許請求の範囲においては,「肘掛け部」の「カバー部」につき,「前記カバー部が有する少なくとも第2部分は板状部材により構成され,且つ,前記第2部分における左右方向内側部分の前後方向寸法が,前記第3部分の前後方向寸法よりも小さくなるように構成されている」と特定されているところ,本件明細書(甲11)の発明の詳細な説明には,上記「肘掛け部(25)」につき,被施療者がマッサージ機に着座したときに,被施療者の肘,前腕及び手を覆うように保持することができること(段落【0030】)や,「肘掛け部25」が正面視で略U字型の断面形状を成しており(段落【0032】),被施療者がマッサージ機を使用する状態か否かに応じて,被施療者の腕を概ね回転軸として回動すること(段落【0031】)等が記載されているのみで,上記構成を備えることによって奏される作用効果については明記されていない。

    もっとも,図1,2,4,5,7で示される実施例の「肘掛け部25」の形状から,本件発明1の椅子型のマッサージ機に関する当業者の技術常識に照らして考察すれば,上記構成を備えることによって奏される作用効果は,審決が説示するとおり(12,14,15頁),「肘掛け部25」への前腕の出し入れや前腕の前後方向の位置調整を容易に行うことができるという点にあるということができる。

    ここで,上記構成のうち「第2部分における左右方向内側部分」については,図4からは「第2部分」のうち使用者(被施療者)から見て内側の部分であることは明らかであるものの,本件明細書及び図面のすべての記載に照らしても,内側のどの部分を指すのか判然としない。

    ところで,上記の「『肘掛け部』への前腕の出し入れや前腕の前後方向の位置調整を容易に行うことができる」という作用効果を奏することができるのは,図5の略円板状の部材をその中心付近で略U字状に折り曲げて形成したもののように,「肘掛け部」(ないし「カバー部」)のうち被施療者の手の甲に連なる腕の部分(概ね上面)に対向する「第2部分」の長手方向(腕の長手方向)の長さ(寸法)が,左手であるならば被施療者の小指に連なる腕の部分(概ね側面)に対向する「第3部分」の長手方向の長さ(寸法)よりも有意に短くすることによるものであることが明らかであり,上記「第2部分」の長手方向の長さと上記「第3部分」の長手方向の長さに差異を設けない構成,すなわち円筒を軸方向に二つに切ったような形状の構成では,奏し得ない効果であるということができる。

    上記構成は,「第2部分」の長手方向の長さと「第3部分」の長手方向の長さとの間に差異を設けることしか特定しておらず,この差異を設ける「肘掛け部」の形状には種々のものが想定され得るのであって,その外延は当業者においても明確でないといわざるを得ない。仮に,「前記第2部分における左右方向内側部分の前後方向寸法が,前記第3部分の前後方向寸法よりも小さくなるように構成されている」との構成を,「第2部分」の内側のどの部分をとっても,長手方向の長さが,「第3部分」の長手方向の長さよりも短く(小さく)なることをいうと善解したとしても,原告が主張するとおり,「肘掛け部」のうちの「第2部分」の手指側のみを先細りの形状とする場合には,「第2部分」の長手方向の長さが「第3部分」の長手方向の長さよりも短くなるものの,「『肘掛け部』への前腕の出し入れや前腕の前後方向の位置調整を容易に行うことができる」との作用効果を奏することは困難であるし,また,「第2部分」の長手方向の長さと「第3部分」の長手方向の長さとの間に僅かな差異しか設けない場合には,上記作用を奏することができないことは明らかである。

    したがって,本件発明1の特許請求の範囲中,「前記カバー部が有する少なくとも第2部分は板状部材により構成され,且つ,前記第2部分における左右方向内側部分の前後方向寸法が,前記第3部分の前後方向寸法よりも小さくなるように構成されている」との構成は,明細書及び図面によっても明確でなく,当業者の技術常識を勘案しても明確でないというべきである。

    また,本件発明2ないし4も,本件発明1の構成にさらに限定を加えたものにすぎないから(従属項),本件発明1と同様に,その特許請求の範囲の記載が明確でないというべきである。

    (2) 結局,原告が主張する取消事由4のうち,少なくとも明確性要件違反の有無の判断の誤りをいう点は理由があり,その余の点について判断するまでもなく,審決は取消しを免れない。

     

    4.実務上の指針

     請求項に記載の範囲が、発明の作用効果を有する範囲を超えるか否かの問題は、本来であればサポート要件の問題として議論されるところであるが、本件では、発明特定事項の文言自体も明確といえず、その事項と作用効果との関係も判然としないため、明確性要件の問題として判断したものと思われる。

     明細書の発明の詳細な説明を記載するにあたっては、発明特定事項と技術的意義を対応付けて説明していくよう留意すべきである。このような記載をすることにより、発明の効果を奏するのに本来必要な発明特定事項が明確になっていくと考えられる。

     

    みなとみらい特許事務所

    弁理士 辻田 朋子

    技術部 村松 大輔

     

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