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    2014.4.11カテゴリー: 判例航海日誌

    判例航海日誌

    2014年4月11日

    弁理士 村松 大輔

     

    平成25年(行ケ)第10172号 審決取消請求事件

     

    1.事件の概要

    (1)特許庁における手続の経緯

    平成9年3月17日  特許出願

    平成19年4月6日  登録査定

    平成24年5月10日 特許無効審判請求

    平成24年7月31日 訂正の請求

    平成25年5月16日 本件訂正を認め、棄却審決

     

    (2)訂正後の特許請求の範囲

    【請求項1】

    茶、紅茶及びコーヒーから選択される渋味を呈する飲料に、スクラロースを、該飲料の0.0012~0.003重量%の範囲であって、甘味を呈さない量用いることを特徴とする渋味のマスキング方法。

     

    (3)取消事由

    明確性要件に関する判断の誤り

    (他の取消事由は省略)

     

    2.裁判所の判断

    (1) 審決は、「本件訂正特許明細書には甘味閾値の定義はされていないが、甘味閾値は、(中略)極限法により求められるものであり、濃度の薄い方から濃い方に試験し(上昇系列)、次に濃度の濃い方から薄い方に試験し(下降系列)、平均値を用いて測定するのが一般的であると認められることから、本件訂正特許明細書に具体的測定方法が定義されていなくとも、本件出願当時の技術常識を勘案すると不明確であるとまで断言することはできない。」と判断した。(中略)

     しかし、(中略)「極限法」以外にも、(中略)「調整法」や、(中略)「恒常刺激法」等が記載されており、閾値の測定法としては、極限法だけでなく、調整法、恒常刺激法等の複数の一般的な方法が存在していることが認められる。

     また、(中略)甘味の閾値の測定に当たり極限法以外の方法を採用することもあることが理解できる。

     そうしてみると、甘味閾値は、他の方法ではなく極限法により測定するものであることが自明であるという技術常識が存在していたとまではいえず、訂正明細書における甘味閾値の測定方法が極限法であると当業者が確定的に認識するとはいえない。

     

     一方、甘味閾値の測定法は、人間の感覚によって甘味を判定する方法であって、判定のばらつきを統計処理し感覚を数量化して客観的に表現する官能検査の一種であり、適切な多数の被験者を用いることにより、主観的な判断や個人による差を極力抑えるものではあるが、一般に、官能検査とは、被験者の習熟度、測定法、データの解析法等により数値が異なるものであり、相互の数値の比較は困難であることが多いものと解される。

     そこで、スクラロース水溶液におけるスクラロースの甘味閾値が記載されている甲10及び甲54をみると、(中略)甲10と甲54とでは約1.6倍異なる数値を記載している。

     

     また、(中略)本件明細書の段落【0013】に記載するように、飲料中のスクラロースの甘味閾値は、苦味などの他の味覚や製品の保存あるいは使用温度などの条件により変動するものであるから、各種飲料における甘味閾値を正確に測定することは、単なるスクラロース水溶液に比べて、より困難であると認められる。

     

     しかも、甘味閾値の測定は、人間の感覚による官能検査であるから、測定方法の違いが甘味閾値に影響する可能性が否定できないことは、上記のとおりである。

     

     そうすると、当業者は、同一の測定方法を用いた極限法によるスクラロース水溶液の甘味閾値であっても、2つの文献で約1.6倍異なる数値が記載されている上、訂正発明における各種飲料における甘味閾値の測定は、スクラロース水溶液に比べてより困難であるから、測定方法が異なれば、甘味閾値はより大きく変動する蓋然性が高いとの認識のもとに訂正明細書の記載を読むと解するのが相当である。

     

     したがって、甘味閾値の測定方法が訂正明細書に記載されていなくとも、極限法で測定したと当業者が認識するほど、極限法が甘味の閾値の測定方法として一般的であるとまではいえず、また、極限法は人の感覚による官能検査であるから、測定方法等により閾値が異なる蓋然性が高いことを考慮するならば、特許請求の範囲に記載されたスクラロース量の範囲である0.0012~0.003重量%は、上下限値が2.5倍であって、甘味閾値の変動範囲(ばらつき)は無視できないほど大きく、「甘味の閾値以下の量」すなわち「甘味を呈さない量」とは、0.0012~0.003重量%との関係でどの範囲の量を意味するのか不明確であると認められるから、結局、「甘味を呈さない量」とは、特許法36条6項2号の明確性の要件を満たさないものといえる。

     

    (2) 被告は、「甘味閾値は、一般的で確立した試験方法である極限法によって測定できるものであり、他にもよく知られた試験方法が存在するからといって甘味閾値が不明確になるものではない。極限法でも恒常刺激法でも、試験の原理上、同等の結果が得られることは明白である。測定には、常に誤差が伴い、各条件に応じて適した測定方法が異なるという常識があるが、だからといってこれによって測定される物理量の値が不明確などということもない。したがって、訂正発明は、不明確ではない。」旨主張する。

     

     そこで検討するに、被告による試験結果である甲25には、訂正明細書の実施例4を追試した際のコーヒーにおけるスクラロースの甘味閾値は0.00169%と記載されており、この値は、訂正発明の「0.0012~0.003重量%」の範囲内の数値であるが、渋味のマスキング効果を確認したスクラロースの添加量は0.0016%であり、甘味の閾値と非常に接近している。

     そうすると、上記のように「0.0012~0.003重量%」の範囲に甘味閾値が存在する場合には、特に正確に甘味閾値を測定する必要があり、誰が測定しても「甘味を呈さない量」であるか否かが正確に判別できるものでなければならない。

     

     しかし、甘味閾値の測定は人の感覚による官能検査である以上、被告が主張するように、測定方法等が異なっても同等の結果が得られることは明白であるとする客観的根拠は存在せず、測定方法の違い等の種々の要因により、甘味閾値は異なる蓋然性が高く、被験者の人数や習熟度等に注意を払ったとしても、当業者が測定した場合に、「甘味を呈さない量」であるか否かの判断が常に同じとなるとはいえない。

     したがって、被告の主張は採用できない。

     

    3.考察

     本判例の主な争点は特許法第36条第6号第2号、すなわち明確性要件である。明確性要件違反として特許無効となった有名な例として、遠赤外線放射体事件(平成20年(ネ)10013号)が挙げられる。遠赤外線放射体事件の判決では、平均粒子径の数値範囲によって特定される発明において、その平均粒子径の測定方法を明細書に記載していなかったため、発明が明確ではないとの判断が下された。平均粒子径の測定には様々な原理を用いたものが存在するため、「粒子径」という言葉が一義的には定まらないことが大きな理由である。

     裏を返せば、このような数値限定発明であっても該数値の測定方法として、一般的で確立された方法があるのならば、発明は明確足り得るということができるだろう。

     

     ここで、本件発明について見ると、スクラロースの量を「0.0012~0.003重量%」と、「甘味を呈さない量」という2つの技術的事項によって限定している。前者のパラメータについては、明細書に測定方法を記載しなくとも明確性が問われることは無いだろう。しかし、後者の「甘味を呈さない量」つまり甘味閾値については、明細書に記載しなくとも、当業者にとっては自明な一般的で確立した測定方法があるのだろうか。

     本件裁判の争点の一つは、この甘味閾値の測定方法が一般的で確立されたものなのか否かという点である。

     

     審決においては、甘味閾値の測定方法には極限法という一般的な手法があると認定され、該方法を明細書に記載していなくとも、出願時の技術常識に照らせば不明確とは言えないとの判断がなされた。

     しかし、本件裁判においては甘味閾値の測定法には極限法の他に様々なものがあることが認定され、明細書に甘味閾値の測定方法が記載されていない以上、請求項に記載の発明を一義的にとらえることはできないとの判断がなされた。

     

     甘味閾値の測定法が明細書に記載されていないことと、甘味閾値の測定には複数の方法が存在することが、本件発明が不明確であることが認定された一因であるが、もう1点重要な留意点がある。それは、甘味閾値の測定方法が官能検査によるという点である。

     官能検査においては、適切な多数の被験者を用いることにより、主観的な判断や個人による差を極力抑えるものではあるが、一般に、被験者の習熟度、測定法、データの解析法等により数値が異なるものであり、相互の数値の比較は困難であることが多い。

     実際に本件裁判において提出された甲10号証と甲54号証は、ともにスクラロース水溶液におけるスクラロースの甘味閾値を開示しているが、記載されている甘味閾値は約1.6倍も異なっている。

     また、単純なスクラロース溶液よりも渋み成分等を含む各種飲料における甘味閾値を正確に測定することは、単なるスクラロース水溶液に比べて、より困難であることが明細書の記載から認められる。

     そして、被告の提出した証拠によると、コーヒーにおいては、甘味閾値とマスキング効果が得られるスクラロース濃度が非常に近接しており、かつ、両数値共に0.0012~0.003重量%の範囲に含まれる。つまり、該数値範囲に甘味閾値が含まれる場合には特に正確に甘味閾値を測定する必要があり、誰が測定しても「甘味を呈さない量」であるか否かが正確に判別できるものでなければならない。しかし、上述の官能検査の持つ問題から、「甘味を呈さない量」を正確に判別できる蓋然性は非常に低い。

     このような事情から、「0.0012~0.003重量%」の範囲のうち、スクラロースが「甘味を呈さない量」を当業者が常に把握できるとは言えないため、本件発明は不明確との判断がなされた。

     

     本判例における裁判所の判断は至極妥当であるといえるだろう。では甘味閾値のような官能検査で評価しなければならないパラメータが最重要ポイントであり、条件によってそのパラメータが変動するような場合、どのような請求項の記載が求められるのであろうか。

     一つは当該パラメータを他の物理量で規定することができないか検討することが求められるだろう。本件発明の場合には、苦み成分とスクラロースの相対的な量関係によって発明を特定できそうである(この場合、本件明細書の記載の実施例の何倍もの実験データが必要になると思われるが)。物理量によって発明を特定した場合には発明は明確となる。また効果の実証は官能検査であっても全く問題ないため、記載要件違反の拒絶理由、無効理由を回避することができるだろう。

     

    以上

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