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    2013.08.7カテゴリー:

    判例航海日誌

    平成22年(行ケ)第10075号 審決取消請求事件

     

    1.事件の概要

    (1)特許庁における手続きの経緯

    平成21年3月30日 無効審判請求

    平成22年1月25日 審決(請求容認、無効)

     

    (2)本願発明の内容の要旨

    【請求項1】

     金属製フィルター枠と,該金属製フィルター枠に設けられた開口を覆って,該

    金属製フィルター枠に接着されている不織布製フィルター材とよりなる換気扇

    フィルターにおいて,該金属製フィルター枠と該不織布製フィルター材とは,

    皮膜形成性重合体を含む水性エマルジョン系接着剤を用いて接着されているこ

    とを特徴とする換気扇フィルター。

     

    (以下、省略)

     

    (3)本件審決の理由の要旨

    本願発明は、甲1の1記載の発明(発明A)、甲2の記載、並びに甲10、11、24に記載された周知技術に基づいて容易になし得たものであり、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

     

    発明A

     「金属箔をもって一体に形成された,レンジフードの開口部周縁への取付座

    となるフィルターカバーの鍔部と,この鍔部の内周縁に立上り壁と,該立上

    り壁の下端に格子状部と,該格子状部に接着剤によって装着されている難燃

    性乃至不燃性の不織布フィルターと,前記鍔部に取付けたレンジフードへの

    吸着用マグネットからなるレンジフード用フィルターカバー。」

     

    2.争点

    本件発明の認定の誤り、周知技術の認定の誤り、および容易想到性の判断の誤り

     

    3.裁判所の判断

    1 はじめに

    (1) 容易想到性判断と発明における解決課題

    当該発明について,当業者が特許法29条1項各号に該当する発明(以下「引用発明」という。)に基づいて容易に発明をすることができたか否かを判断するに当たっては,従来技術における当該発明に最も近似する発明(「主たる引用発明」)から出発して,これに,主たる引用発明以外の引用発明(「従たる引用発明」)及び技術常識等を総合的に考慮して,当業者において,当該発明における,主たる引用発明と相違する構成(当該発明の特徴的部分)に到達することが容易であったか否かによって判断するのが客観的かつ合理的な手法といえる。当該発明における,主たる引用例と相違する構成(当該発明の構成上の特徴)は,従来技術では解決できなかった課題を解決するために,新たな技術的構成を付加ないし変更するものであるから,容易想到性の有無の判断するに当たっては,当該発明が目的とした解決課題(作用・効果等)を的確に把握した上で,それとの関係で「解決課題の設定が容易であったか」及び「課題解決のために特定の構成を採用することが容易であったか否か」を総合的に判断することが必要かつ不可欠となる。上記のとおり,当該発明が容易に想到できたか否かは総合的な判断であるから,当該発明が容易であったとするためには,「課題解決のために特定の構成を採用することが容易であった」ことのみでは十分ではなく,「解決課題の設定が容易であった」ことも必要となる場合がある。すなわち,たとえ「課題解決のために特定の構成を採用することが容易であった」としても,「解決課題の設定・着眼がユニークであった場合」(例えば,一般には着想しない課題を設定した場合等)には,当然には,当該発明が容易想到であるということはできない。ところで,「解決課題の設定が容易であったこと」についての判断は,着想それ自体の容易性が対象とされるため,事後的・主観的な判断が入りやすいことから,そのような判断を防止するためにも,証拠に基づいた論理的な説明が不可欠となる。また,その前提として,当該発明が目的とした解決課題を正確に把握することは,当該発明の容易想到性の結論を導く上で,とりわけ重要であることはいうまでもない。

    上記の観点から,以下,本件各発明の容易想到性の有無に関してした審決の判断の当否を検討する。

     

    ・・・

     

    2 審決の適否について

    審決には,本件各発明の解決課題を正確に認定していない点で誤りがあり,また,誤った解決課題を前提とした上で本件各発明が容易想到であるとした点において誤りがある。

     

    ・・・

     

    (2) 判断

    ア 本件発明1は,前記認定のとおり,従来の換気扇フィルターでは,アルミニウム箔片面全面に,感熱性接着剤皮膜を設け,これに,張出成形や膨出成形等の成形を施すと共に,打抜加工して開口を設けて金属製フィルター枠とし,この金属製フィルター枠の開口を覆うようにして不織布製フィルター材を張り,押圧加熱し,感熱性接着剤を溶融固化させて,不織布製フィルター材を金属製フィルター枠に接着するという方法で製造されていたので,使用後に,不織布製フィルターを金属製フィルター枠から剥離しようとすると,両者の接着が強固であるため,不織布製フィルターが破れてしまい,両者を分別することができないという欠点があったため,本件各発明は,金属製フィルター枠と不織布製フィルター材とを接着する際,通常の状態では強固な接着が達成でき,水を付与すると,金属と不織布間との接着力が低下する性質を持つ接着剤を用い,使用後の換気扇フィルターを水に浸漬することにより,容易に金属製フィルター枠と不織布製フィルター材とに分別し得るようにすることを発明の目的としたものである。そうすると,本件発明1は,「金属製フィルター枠と不織布製フィルター材とが接着剤で接着されている換気扇フィルターにおいて,通常の状態では強固に接着されているが,使用後は容易に両者を分別し得るようにして,素材毎に分別して廃棄することを可能とすること」を解決課題とし,「(換気扇フィルターにおいて),通常の状態では強固に接着させるが,水に浸漬すれば接着力が低下し,容易に金属製フィルター枠と不織布製フィルター材とを分別し得る皮膜形成性重合体を含む水性エマルジョン系接着剤を用いること」を解決手段とした発明である。

    これに対して,前記認定のとおり,審決が文献から引用した発明Aは,「金属箔をもって一体に形成された,レンジフードの開口部周縁への取付座となるフィルターカバーの鍔部と,この鍔部の内周縁に立上り壁と,該立上り壁の下端に格子状部と,該格子状部に接着剤によって装着されている難燃性乃至不燃性の不織布フィルターと,前記鍔部に取付けたレンジフードへの吸着用マグネットからなるレンジフード用フィルターカバー。」であって,「金属製フィルター枠と不織布製フィルター材とが接着剤で接着されている換気扇フィルターにおいて,通常の状態では強固に接着されているが,使用後は容易に両者を分別し得るようにして,素材毎に分別して廃棄することを可能とすること」を解決課題として,これに対する解決課題を示した本件発明1とは異なる。甲1には,本件発明1が目的としている解決課題及び解決手段に関連した記載又は開示等はないのみならず,逆に,フィルターをフィルターカバーから剥離せずに廃棄することを前提とした発明であることが示されている。

    イ この点について,審決は,前記甲18,19及び32の例から,「換気扇フィルターの使用後に金属製フィルター枠と不織布製フィルター材とを分別して廃棄すること(を容易にすること)」は,周知の技術的課題であることから,当業者は,甲2に接すれば,上記の課題を解決するため,接着剤成分が溶解または膨潤するものを選択することが容易であると判断している。

    しかし,審決は,上記課題が周知であるとすると,なにゆえ本件発明1の引用発明(発明A)との相違点に係る構成が容易に想到できることになるのかに関する論理について,合理的な理由を示していない点において,妥当を欠く。

    のみならず,甲18,19及び32の記載を子細に検討してみても,本件発明1が解決課題としている「金属製フィルター枠と不織布製フィルター材とが接着剤で接着されている換気扇フィルターにおいて,通常の状態では強固に接着されているが,使用後は容易に両者を分別し得るようにして,素材毎に分別して廃棄することを可能とすること」と同様の解決課題を示唆するものはない。

    すなわち,①甲18,19及び32は,換気扇フィルターの使用後に金属製フィルター枠及びフィルター材の廃棄を容易にするものではあるものの,いずれも,金属製フィルター枠とフィルター材とが「接着剤で接着されている」ことを前提とした発明とは異なる技術を示すものである。また,②甲18記載のレンジフード用フィルターは,金属製フィルター枠と不織布製フィルター材が「強固に接着されている換気扇フィルター」ではなく,「金属箔を成形可能な繊維不織布に代えることにより金網フイルターへの取り付けを簡略化すると共に使用後の廃棄に際し,分別することなく全体を容易に家庭ゴミとして処分せしめることを目的とする」ものであり,本件発明1とは,解決課題及び解決手段において異なる。さらに,③甲19も,金属箔製の換気扇カバー枠体と金属繊維を用いたフィルターから構成され,フィルター部分と換気扇カバー枠体とを分離する必要性を解消させて,そのまま一体物として出しても問題が起き難く,ゴミとして出す場合の作業性に優れ,かつ,再資源化が容易な換気扇カバーを提供することを目的としており,本件発明1とは解決手段において異なる。すなわち,本件発明1は,フィルター枠とフィルターとの剥離を容易にしようとすることを目的とするのに対し,甲18,19は,一体物としてゴミ出しをしても問題が生じることがないようにして,作業を高めるものであって,本件発明1における,解決課題の設定及び解決手段は,全く逆であって,本件発明1の異なる構成に想到することを容易とする技術が示唆されているものとはいえない。

    ウ 以上のとおり,甲18,19及び32において,本件発明1と発明Aと明を適用することによって,本件発明1における発明Aとの異なる構成に想到することが容易であったとすることもできない。すなわち,発明Aから,本件発明1の特徴点(「(通常の状態では強固に接着させるが,水に浸漬すれば接着力が低下し,容易に金属製フィルター枠と不織布製フィルター材とを分別し得る)皮膜形成性重合体を含む水性エマルジョン系接着剤を用いること」)に到達することの示唆が,甲2の記載に存在するとはいえないから,結局,発明Aに甲2記載の発明を適用することが,容易とはいえない。

    したがって,甲2に接した当業者が,換気扇フィルターの廃棄時に金属製フィルター枠と不織布製フィルター材とを容易に剥離するために,発明Aに「皮膜形成性重合体を含む水性エマルジョン系接着剤」を用いることは困難なくなし得たとした審決の判断は誤りであり(この点は,甲2記載の粘着剤,並びに甲10,11及び24記載の接着剤が「皮膜形成性重合体を含む水性エマルジョン系接着剤」に相当するか否かに左右されるものではない。),これを前提とした本件発明1に関する容易想到性の判断にも誤りがあるというべきである。

     

    4.考察

     本件は、進歩性の判断に対する裁判所の基本的な考え方が示された点で有用な判例である。

     進歩性を否定するためには、本件発明の解決課題を明確に把握したうえで、当該課題を解決するために主引例との相違点に相当することが、副引例を参照した時に容易であったか否かが論理的に説明されている必要がある。

     

     拒絶理由において、課題を周知であると認定され、複数の引例の構成に関する示唆を適宜組み合わせることで、進歩性が否定される場合があるので、本判例を引用して反論できる場合があろう。

     

    弁理士 辻田 朋子

    技術部 村松 大輔

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