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  • 平成22年(行ケ)10395号 審決取消事件

    2013.08.16カテゴリー:

    判例航海日誌

    2013年8月2日

     

    1.事件の概要

    (1)特許庁における手続きの経緯

    平成12年9月8日 特許出願

    平成20年10月3日 拒絶査定

    平成20年11月11日 拒絶査定不服審判請求

    平成20年12月8日 手続補正

     

    (2)本願発明の内容の要旨

    次の工程を含む,早期癌の検出方法:

    a)血液又は尿中のミッドカインおよび/またはそのフラグメントを測定する工程

    b)工程a)によって得られる測定値を正常者の測定値と比較する工程

     

    (3)本件審決の理由の要旨

    本願発明は、下記アの引用例1及び引用例2に記載の発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

     

    引用発明1:次の工程を含む,ステージAの結腸カルシノーマの分析方法:

    相違点:測定する対象が,本願発明では「血液又は尿」であるのに対して、引用発明1では組織であり、分析方法が、本願発明では「早期癌の検出方法」、すなわち、早期癌を発見する方法であるのに対して、引用発明1では、早期癌と正常組織とを比較して、癌組織の特徴を分析するものである点

     

    引用発明2:次の工程を含む,癌の検出方法で癌が検出できるという可能性

    a)血液中のミッドカインおよび/またはそのフラグメントを測定する工程,

    b)工程a)によって得られる測定値を正常者の測定値と比較する工程

    ・癌検出率は17~40%と低いものであった。

    ・偽陽性を排除するために陽性と判断する閾値は300pg/0.5mlと高いものであった。

    ・進行度が低い癌患者においても高い濃度のMKが検出される例があった。

     

    2.争点

    引用発明1及び引用発明2の認定判断の誤り

     

    3.裁判所の判断

     引用例2は,癌の病期が進行していないと判断される場合において血液中のMK量が高くなることを開示しているのであるから,たとえ,従来の腫瘍マーカーでは,早期癌で発現するマーカーの血液中に顕出する濃度が正常者の血液中のマーカーの濃度と比較して有意差がなかったとしても,引用例1において,MKを早期癌患者と正常者の区別に利用できることが開示されており,また,引用例2においても,血液を測定することによって比較的早期の癌患者と正常者とを区別できる可能性が開示されていることからすると,これらの技術的事項に基づき,当業者は血液中のMK量を早期癌の検出に使用することを想到すると認められる。

     

    4.考察

     本件判決は我が国と欧米諸国の進歩性の判断基準の違いを示した重要なものであると考える。

     

     まず、本件特許出願前に刊行された引用例1及び2の記載から、本件特許出願時において当業者間にどのような技術常識があったかについて考察する。

     引用例1においては人の癌細胞においてMKの発現上昇がみられることが報告されている。そして、引用例2には、血液に含まれるMKの濃度を測定することにより、癌を検出しようとする試みについての記載がある。しかし、引用例2に記載の血中MK濃度の測定によっては17~40%という低い確度でしか癌の検出ができなかったことが記載されている。すなわち、この2つの引用例の記載から当業者は「癌細胞においてMKの発現上昇が見られる。しかし、血中MK濃度を測定することで癌を検出することは困難である」と認識したと考えられる。なぜなら、引用例2の記載を素直に解釈するのならば、「癌患者の17~40%の血液においてのみMKの濃度上昇が見られる」と認識されるからである。引用例2の刊行時においては、血中MK濃度の検出条件を最適化すれば、高い確度で癌が検出できるということは何人にもわからなかった。

     

     そのような技術常識が当業者間にあった状況で、本件発明者は血中MK濃度が早期癌腫瘍マーカーになり得ることを発見した。この発見は、血中MK濃度は早期癌腫瘍マーカーとして利用できないという技術常識を覆すものであった。おそらくは、血中MKを検出するために本件発明者が作成した抗MK抗体の特異性が、従来の抗体に比べて高いものであったのだろうと推測する。

     そして、この発見に基づいて本件特許出願がなされたが、日本国特許庁における審査・審判及び本件判決において、引用例1及び2を根拠に本件発明は進歩性が欠如していると判断されてしまった。

     

     本件は、「これまで多くの試みが行われていたが、これまでは失敗していた」という事実がある場合、日本の特許庁においては「多くの試みがされている以上、それは周知の課題である」として進歩性が否定されることを示す事例である。

     このような事実がある場合には、成功に至った具体的な手法にまで技術範囲を狭めて出願しなければ権利化は困難であると考えられる。本件の場合には、ELIZA法の実験条件、特に本件発明の発明者が独自に開発したMKのモノクローナル抗体の特異性が課題の解決の大きなカギとなっていると予想される。そのため、権利化を目指す場合には、特異性が高くバックグラウンドの少ない抗MK抗体を利用した早期癌腫瘍マーカーの検出方法というところまで技術範囲を狭める必要があると考えられる。、

     

     なお本願に対応する、米国及び欧州における出願の審査においても引用例1と引用例2との対比で進歩性が争われたが、出願人が日本国における審判と同様の主張をした結果、いずれも登録されている。すなわち米国と欧州においては「これまで多くの試みが行われていたが、これまでは失敗していた」という主張は有効であると考えられる。

     特許事務所員においては、各国特許庁の審査の特徴をとらえた主張に留意しなければならない。

     

     

    みなとみらい特許事務所

    弁理士 辻田 朋子

    技術部 村松 大輔

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