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平成29年(行ケ)第10191号 拒絶審決取消訴訟事件

判例航海日誌

 

平成31年2月5日

 

技術部 座間 克也

 

平成29年(行ケ)第10191号 拒絶審決取消請求事件

 

1.事件の概要

(1)特許庁における手続きの経緯

 

平成22年11月17日 出願(発明の名称「溶液から細胞を分離する細胞分離方法、および、細胞分取用水和性組成物」、特願2010-256467号)

 

平成27年11月5日  拒絶査定

 

平成28年2月19日  拒絶査定不服審判(不服2016-2103号)、手続補正

 

平成29年2月7日   拒絶理由通知

 

平成29年4月17日  手続補正(本件補正)

 

平成29年9月20日  本件審判の請求は成り立たない旨の審決

 

平成29年10月10日 謄本送達

 

(2)本件補正後の特許請求の範囲

【請求項1】

 中間水の量が1wt%以上、且つ30wt%以下の水和性組成物を溶液に接触させ(中間水の量が30wt%以下の水和性組成物を塗布した細胞分離用フィルターで溶液を濾過して細胞を分離する形態を除く)て、当該水和性組成物の表面に溶液中に存在する腫瘍細胞、幹細胞、血管内皮細胞、神経細胞、樹状細胞、平滑筋細胞、線維芽細胞、心筋細胞、骨格筋細胞、肝実質細胞、肝非実質細胞、および膵島細胞の少なくても一種を吸着して溶液から分離することを特徴とする細胞分離方法。

 

(請求項2以下省略)

 

(3)審決の理由の要点(作成者一部編集)

 (I)中間水の量の測定方法

  ア 本願明細書の記載に基づく判断

   a コールドクリスタリゼーションに伴う発熱量は、中間水の量に比例するものと推察される。

   b 中間水の量は、コールドクリスタリゼーションに伴う発熱ピークの挙動(コールドクリスタリゼーションに伴う発熱量は含水量の増加に伴って増加するが、ある含水量以上では変化しなくなること)と、全含水量とから求めることができる。

   c 中間水の量は、各含水量におけるコールドクリスタリゼーションに伴う発熱量と0℃付近の吸熱量の関係から中間水の最大量を求めてW(試料乾燥重量)で除することにより求められる。

 

    認定aによると、中間水の量は、コールドクリスタリゼーションに伴う発熱量に比例すると推察することはできるが、どのような比例定数を用いれば算出できるのかが不明である。

    認定bについては、水性組成物の含水量の変化に応じたコールドクリスタリゼーションに伴う発熱ピークの挙動をどのように扱って、全含水量とともにどのように中間水の量の算出に用いるのかが不明である。

    認定cについては、コールドクリスタリゼーションに伴う発熱量と0℃付近の吸熱量とをどのように用いて中間水の量を算出するのかが不明である。

    そして、観点が異なるとともに相互の関係で不明確な点がある認定a~cから中間水の量が算出できるのかどうかも判然としない。

    したがって、発明の詳細な説明及び図面の記載からは、当業者といえども中間水の量をどのように算出したらよいのか、明確に理解することはできないものと認められる。

 

  イ 出願時の技術常識をも考慮しての判断

    中間水については、本願発明者による学術論文など少数の刊行物が見いだされたのみであるため、中間水の概念やその量の算出方法が出願時の技術常識である、すなわち、出願時に相当多数の刊行物が存在している、業界に知れ渡っている、例示するまでもない程よく知られている、慣用であるとまで認めることができない。

    したがって、発明の詳細な説明及び図面の記載並びに出願時の技術常識を考慮しても、中間水量の算出方法を当業者が理解できると認めることができない。

 

 

(4)争点

 ・明確性要件違反

 ・サポート要件違反

 ・実施可能要件違反

(何れも、争点のポイントは「中間水の量の算出方法」における技術常識の認定)

 

2.原告の主張(一部抜粋)

  ウ また,発明の詳細な説明(【0007】)で【先行技術文献】の【非特許文献1】として引用された甲5は,本願の発明者による甲1や甲2等に記載された研究成果に対して平成21年度の日本バイオマテリアル学会の科学奨励賞が授与された際に,同賞の受賞の理由となった一連の研究成果について総括したものであり,甲1及び2と同様に中間水の算出方法等を記載している。仮に,当業者が甲1等を参照しないとしても,当業者は,発明の詳細な説明で引用された甲5によって中間水の算出方法等を理解できる。バイオマテリアル等に関して高い見識を有する多数の研究者が甲1,2に記載された中間水に関する研究成果について合理的に理解し,これに注目して評価したのであるから,甲1,2及び5に記載されている中間水の定義や算出方法は,少なくとも甲5の発行時までに,日本バイオマテリアル学会に属する研究者の多くに知られていたのであって,少なくとも本願出願時までに当業者に広く知られていた。

 

3.裁判所の判断(作成者一部編集)

 (2)ア(ア)本願明細書には、「中間水」は、含水した水和性組成物の表面に存在する表面水層の構造中、組成物表面や不凍水(組成物表面との強い相互作用で拘束されることにより、少なくとも-100℃~室温の範囲では凍結/融解等の相変態を生じない水)との相互作用により拘束されて不凍水の外側の層を形成する水である旨の記載がある。

     (イ)証拠(甲1~3,5,13)及び弁論の全趣旨によると、前記(ア)の内容の「中間水」の概念は、本願の発明者であるAが構築したものであることが認められる。

 そして、Aは、本願出願日である平成22年11月17日以前に、前記の内容の「中間水」の概念を構築し、学術論文に記載し、平成21年には、当該「中間水」の概念をその内容に含む研究により、日本バイオマテリアル学会科学奨励賞を受賞したことが認められる。

     (ウ)本願発明は、「溶液から細胞を分離する細胞分離方法,および,細胞分取用水和性組成物」に係るものであり,医療,生体材料等の分野における研究者,企業等が,その当業者に該当すると解されるところ,日本バイオマテリアル学会は,大学,研究機関,病院,医療機器メーカー等の研究者により構成されており,賛助会員には,化学メーカー,医療機器メーカー,製薬会社等が含まれているのであって,その構成員は,本願発明における当業者に該当すると解される。

 そして,Aの「中間水」の概念をその内容に含む研究は,前記(イ)のとおり,平成21年に日本バイオマテリアル学会科学奨励賞を受賞したのであるから,当該研究内容は,日本バイオマテリアル学会の構成員や関係者には,平成21年の時点において,知られており,注目されていたと認められるのであって,本願明細書に記載された内容の「中間水」の概念は,本願出願時において,当業者の技術常識になっていたと認めることができるというべきである。

 

(中略)

    ウ 被告は,甲1~5は,本願発明者やその共同研究者による文献であり,中間水の概念は,本願発明者らの研究グループが独自に提唱したもので,本願発明者らの研究グループ以外の当業者に,本願出願時までに広く知れ渡り,技術常識になっていたことを示す証拠はない旨主張する。

 「中間水」の概念が本願発明者であるAにより構築されたことは,前記(2)アのとおりであるが,前記(2)ア,イのとおり,「中間水」の概念及びその量の算出方法は当業者の技術常識となったことが認められる。

 

(以下省略)

 

4.コメント

 明細書の作成において、一義的に定義が定まらない概念、又は文献若しくは書籍で取り上げられることが少なく、審査官に理解してもらい難い概念については、明細書中に詳細に記載(定義付け)しておくことは大前提である。当該概念が特定の値の算出・計算方法の場合にあっては、必要に応じて具体的な値を用いた算出例を示し、審査官の理解を助けることが有用である。

 

 本件については、その構成員が当業者であると認めることができる学会において受賞した論文であることを主張したことが、技術常識の認定において出願人側に有利に働いたが、このような事情が無かった場合には、特許庁が主張する、「本願発明者らの研究グループが独自に提唱したもので、本願発明者らの研究グループ以外の当業者に本願出願時までに広く知れ渡り,技術常識になっていたことを示す証拠はない。」との主張が肯定される可能性は十分にあったと考えられる。

 

 一方で、ノウハウとして秘匿するために、発明の内容を一部詳細に開示せずに出願を行うことは通常行われることではあるが、当該秘匿によって記載要件を満たさないと判断される可能性がある場合には、審査の過程においてその内容が技術常識であった証拠を開示することは可能であるか、当該証拠が技術常識を示すものとして認められ得るかを検討しておくことは有用である。しかし、原則としては、記載要件を満たす程度に明細書の記載を充実させておくことが好ましい。

 

【参考】審査基準第II部 第1章 第1節 実施可能要件 2.(2) (注)

 「(注)「技術常識」とは、当業者に一般的に知られている技術(周知技術及び慣用技術を含む。)又は経験則から明らかな事項をいう。したがって、技術常識には、当業者に一般的に知られているものである限り、実験、分析、製造の方法、技術上の理論等が含まれる。当業者に一般的に知られているものであるか否かは、その技術を記載した文献の数のみで判断されるのではなく、その技術に対する当業者の注目度も考慮して判断される。

 

以上